アリアと嘘吐き 1


松野家に一世一代のイベントが舞い込んでいた。

松野家には野郎ばかりの六つ子がいる。成人したにも関わらず、揃いも揃ってロクに職に就こうとせず未だ童貞。
そんな童貞達には年の近い親戚がいる。しかも、女子。しかしこの六つ子、その親戚とは面識がなかったのだが、その子の親が単身赴任で暫く家を空けねばならなくなったという。
と、そこで松野家のダメ男どもを支える大黒柱である松造とその妻松代は家を空けている間、娘を預かることをと申し出たそうで、松野家で暫く面倒見ることになった。

「えと…、珠音です。よろしく…」

珠音と名乗るこの女子こそ、六つ子達の親戚だ。
彼女は、同じ顔に驚いてか戸惑ってかは分からないが(単に緊張していただけかもしれない。)たどたどしく挨拶をした。
女子の存在に心踊らせる六つ子は長男から順に自己紹介をしていく。

「六つ子なんて珍しいね!びっくりした!」

順応性が高いと言うべきか、元々は社交的な性格なのだろう彼女は、すぐに場に馴染んだ。
気さくな長男のおそ松が主となり、話を盛り上げていく。次男カラ松はお得意のクソモードは影を潜め、三男チョロ松は始終しどろもどろである。五男十四松は無邪気に興味を隠すこと無く向けていたし、末っ子のトド松はスマホを片手に早速LINEの交換をせがんでいた。
六つ子達は、普段から幼馴染みのトト子以外とは女子との関わりがないためとにかく必死だ。ただ、一人を除いて。

「えと…、一松くん…」

隅の方で猫と戯れつつ、彼女に興味のないフリを続けるは四男の一松。そんな彼に彼女の方から声を掛けた。
猫を撫でる手を止めて、一松は返事はせずに視線だけを彼女に向ける。

「あ、あれ…、一松くんで合ってる…よね?もしかして、違った?」
「合ってるよ…。何?何か用?」

突っぱねるように答えた一松に、彼女は少々戸惑いを見せる。
その様子を見ていた兄弟たちからは、女の子に対してその態度はないだろと非難轟々だった。
この時一松は、女子の存在に少しの戸惑いはあるものの、正直なところ仲の良い六つ子の関係が彼女の介入によって少なからず崩れる…そう考えが及んで面白い心境ではなかった。

“僕の唯一の居場所なんだよ、此処は。お前みたいなのが首突っ込んでくんな。”

彼の心境なぞ露知らず。
兄弟たちは女子の存在に浮かれまくって、ただひたすらちやほやする。
やれあんな奴気にしなくていいよ〜だのやれ好きな食べ物は?だの
またその事も気に入らず、怒りの矛先は彼女に向くばかりだった。

「ほんと目障り」

そう吐き捨てて家を出ていく。
これが、前途多難の松野家六つ子とその親戚珠音のスタートであった。

「わたし、何かまずいことしちゃったのかな…」

一松が部屋を出て行った後、彼を気にする様子を見せるのは珠音ただ一人。
兄弟たちは、ほっといていいよ〜などと言う始末であった。
珠音本人的には、人様の家に居候する身なので放っておく訳にもいかないのだが、一松の事をまだよく知らない彼女にどうする事も出来ずにいた。
結局その日は、夕飯時になるまで一松は帰って来なかった。
帰ってきたと思えばすぐに食卓に料理が出されてしまう。
とてもじゃないが六人と一人がテーブルを囲う騒がしい食事中に落ち着いて話す事なんて出来ない。
またもや、珠音は一松と距離を縮める事に失敗してしまった。

寝床は野郎の中に女子一人をぶち込むわけにはいかないと、松代が気を利かせて別の部屋を用意してくれた。
その後数日経てども、珠音は一松とだけは距離を縮められずにいる。
距離を縮めるどころか、一松は彼女に挨拶すら返さない。

「か…完全に嫌われてしまっている…」

ゴーンというギャグマンガさながらの効果音が鳴ったのではないかと思わせる程盛大に肩を落とす珠音。
どうすれば、もう少し仲良くなれるのか頭を悩ませる毎日が続いた。

「ヘイ、どうした、キティ?浮かない顔じゃあないか」
「あ、カラ松くん。」

今日もスパンコールをあしらった目に痛いズボンを家の中だというのに、履きこなしているのは次男のカラ松。
変な話、一松は何故かカラ松にだけは当たりが強い。
もしかしたら相談に乗ってくれるかもしれない…と、珠音は考え至る。

「なに?一松と仲良くなれない?」
「そうなの…。何かした覚えはないんだけど、どうも嫌われちゃってるみたいで…」

カラ松は、顎に手を当て考える。
その姿を、何を言われるのかを、緊張した面持ちで見つめる珠音。
そして、暫くしてからカラ松が口を開いた。

「俺から見る限り、別に一松は珠音を嫌っているようには見えないが…?」
「え?」

どうやら、彼の長考はかける言葉を探していたのではなく、今までの一松の珠音に対する言動や行動を思い返していたようだ。
至極、当然のようにケロッとした表情で言うカラ松に、少々面食らう珠音。

「一松は、何かと気難しい奴だ。珠音が嫌われていると思ってしまうのも仕方の無い事だが、どうか一松を嫌わないでやってくれ。」

カラ松はこうも言った。

「そして、出来ればこれからも一松に話しかけ続けてやってくれないか?」

そう言って優しく微笑むカラ松に、珠音は、彼女の中の蟠りが少し解けたのを感じる。
そして、まだやれると確信したのだった。