アリアと嘘吐き 3
珠音は、タダで世話になる訳にはいかないと近場のコンビニでバイトを始めた。
元々、バイトの経験はあったし、人当たりの良い性格だ。接客業は向いている。
最初は慣れないものの、暫くするとコンビニ業務も慣れてきた。
時にはおそ松やカラ松、チョロ松十四松トド松がコンビニに買い物がてら遊びに来てくれたりなどあったが、やはり一人は珠音と関わろうともしなかった。
ある日、バイト帰りにいつも通る道の裏路地からか細い声を聞いて寄り道をした。
「子猫だ…」
よぼよぼの子猫一匹、人目もつかない裏路地でみーみーと声を上げていた。
周りを見まわすも、親猫らしい存在も兄弟も見当たらない。
人目につかないとは言え、こんな所に放置していたらカラスにつつかれてしまう…
そう考えた珠音は近くに捨ててあったダンボールに小さい穴を開け、子猫を入れて蓋を閉めた。
そしてその裏路地を後にして、職場へとまた足を向けた。
(コンビニ店員やっててよかった〜…)
自分が務めるコンビニにて子猫でも食べれそうな猫缶と、ミルクを買って足早に裏路地へとまた向かう。
「よかった、まだ居てくれた」
放っておく事が出来なかった珠音は、この日からこの路地裏に通うようになったのだった。
「珠音〜!今日はバイト休みなんだろ〜?俺とどっか出掛けない?」
「おそ松兄さんずっるーい!おそ松兄さんなんかやめて、僕とお出掛けしようよ!」
「えー!珠音ちゃんボクとやきうしよーよ!」
と、休みの日はこんな感じに引っ張りだこだ。
が、珠音は以前から面倒を見始めた子猫が毎日気になってしょうがなかった。
まだ小さい子猫故に、野良として生き抜いていく、術を知らない。
いつ、野鳥に襲われるかと考えると、六つ子たちには申し訳ないがそれどころではなかった。
「ごめんね!今日用事があるんだ!」
ぶーぶーと口を尖らせる六つ子たちを宥めて、家を出た。
そして、いつもの路地裏に向かう。
「なんだ、お前、見かけないな…新入り?」
ふと、路地裏から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
脇から覗いてみると、そこに座り込んでいたのは一松だ。
彼は前々から猫をよく家に連れ込んで面倒を見ているようだった。
これは、仲良くなるチャンスかもしれない。
そう思い、足を路地裏に入れた。
「一松くん。猫好きなんだね。」
突然後ろから声をかけられ飛び上がる一松。
驚いて珠音を振り返る一松の掌には、以前から彼女が面倒を見始めた子猫。
それを見て珠音は目を細めた。
「二週間位前からかな…、この路地裏で見つけたの。」
「どうりで…、人が手を加えた跡があると思ったら、アンタだったの」
「見付けた時は目も見えてなかったみたいだったから、ほっとけなくて」
「そう…」
そして会話終了。気まずい沈黙が続くだけで、ちっとも距離を縮められそうにない事に珠音はガックリ肩を落とした。
「アンタさ…猫、好きなの」
「え?」
松野家に住まわせてもらってからそこそこ経っていても、一松から珠音に話し掛けた事などただの一度もなかったのだが、この一言が初めて彼から発信した言葉だった。
が、珠音は俯いた。
返答がない事を疑問に思った一松は珠音の顔を見る。
その顔は、何処か切なげだった。
「わたしね…、昔猫飼ってたんだ。」
その表情と声色から、いい思い出ではないであろう事は一松も察した。
事猫に関する話になると、一松も真面目だ。
彼女の言葉を急かすこと無く待った。
「家の都合で…、愛猫を手放す事になっちゃったんだけど、周り誰も引き取ってくれなくて…その…」
「あぁ、なるほどね。捨てたわけか。」
ズバッと言い放つ一松の言葉が突き刺さる。
事実そうであり、その事を悔やんでいるため、珠音には反論する術がない。
「だから、無責任に放り出したわたしに、猫好きを語る資格はない…かな」
へにゃと眉毛を下げて笑う珠音に、一松は苛立ちを覚えた。
「アンタさそんなんで好きなもん好きって言えなくてしんどくないわけ?」
「え…」
一松を見るも、彼はもう珠音をみてはいなかった。
その視線は、子猫に向けられ、その指は子猫の顎を撫でている。
「好きでいることに資格なんているわけって言ってんの」
立ち上がり、帰るから。そう言い放ち、路地裏を去っていく一松の猫背を珠音は黙って見ていた。
“好きでいることに資格なんているわけって言ってんの”
一松のこの言葉が心にこびり付いて離れない。
確かに、その通りかもしれない…と。
足元に寄り付く子猫を、抱えて抱き締めた。
「わたし、好きだわ。」
それは何に向けた“好き”なのか。
彼女はまだ自覚していない。