アリアと嘘吐き 2


「一松くん、おはよう!」

朝起きて、顔を洗いに廊下に出ると、丁度一松も襖を開けて廊下に出たところだった。
元気よく挨拶する珠音だったが、一松は相変わらず彼女とは言葉を交わさずそのままトイレに篭ってしまった。

(うんっ、今日もガンスルーだっ!)

心の中で嘆く珠音は、先程までの笑顔を崩す事なく涙を流す始末。
先日、カラ松に励まされた珠音だったが、未だ微塵も前進なし。
項垂れる頭をぶるぶる振って、また次があると己に言い聞かせ、そして洗面所に向かった。
対する一松。
用もなくトイレに入ったは良いものの、便座カバーを上げることなくそこに座り込んでいた。

「あいつ…ほんと、何なんだよ…」

くしゃりと前髪を掴み頭を悩ませていた。
どれだけ冷たい態度を取ろうと、罵倒しようと、明るく接してくる彼女に実の所戸惑いを覚えていた。
大体、彼に寄ってきた人間は、一松の態度や発言からすぐに彼と関わろうとしなくなるのだが、一松にとって珠音という人間は今まで関わってきた人物とは異なっていた為の戸惑いだった。
一松は、深い溜息を吐き、用を足してもいないのにトイレの洗浄ノズルを捻ってトイレを後にした。

一松が一階の居間に戻ると、その他の兄弟もぞろぞろと居間まで降りてきた。
そして、忙しなくちゃぶ台に朝食を運ぶ珠音が目に付いた。
彼女は居候として松野家に上がり込んでから、家事を度々手伝っている。
それに対し、兄弟は口々にいいお嫁さんになるよ、などと言っていた。現に今も、チョロ松が言っている。

「この中の誰かが、珠音ちゃんと結婚したらそうなるな〜」

胡座をかきながら、ゆらゆら身体を揺らすおそ松が爆弾発言。
何故かそれにドキリと心臓を鳴らしたのは一松だった。
その事は、その場の誰も気付きもしない。
変わりに、珠音が冗談めかして誰か貰ってくれる〜?などと笑っていた。
それに対して、六つ子たちは貰う貰う!当たり前じゃん!とみんなして声を揃えて言った。
一松一人、心の中で冗談じゃない。と呟いた訳だが、その横顔をおそ松は黙って見ていた事に本人は気付いていなかった。

朝食を終えると、皆フリータイムに突入する。
各々が好きなように時間を使い、出掛けたり、家に留まって何かをしたりを毎日繰り返していた。実にクソニートである。
出掛ける予定のある六つ子たちは、立ち上がってのそのそと準備を始める中、今日こそは!と、珠音も立ち上がる。

「一松くん!どっか一緒に出掛けない?」

一松は、なるべく珠音と同じ空間に居ようとしない為大体朝食を終えるとすぐに家を出ていってしまう。
珠音は、その前に声を掛けて約束を取り付けようとした。
そんな珠音の様子を、カラ松は穏やかな表情で見ている。
しかし、一松はより一層険しい顔を彼女に向けた。

「何で、おれがアンタなんかと出掛けなきゃいけないの。出掛けたいなら、勝手にどっか行けば。」

そう言って、ピシャリと襖を閉めて家を出ていってしまった。

「あー、いつも何処散歩してるかとか色々聞きたかったのになぁ…」

カラ松は、少々心配そうに眉を下げるも、彼もまた今日は外出の予定があるようで、一言珠音に声をかけて家を出ていってしまう。
大体松野家には誰かしらが残るのだが、今日はほとんど外出の予定があるようで居間には、珠音一人が取り残された。
珠音は、ちゃぶ台の上に置かれた七人分の食器を流し台まで運んで片付ける。
カラ松に言われた通り、嫌いになどなったりしないのだが…、どうも珠音はカラ松の言葉がイマイチ信じる事が出来なかった。

「わたし、本当に嫌われてないのかな…」

食器を片して、また居間まで戻る。
片手には先程沸かしたお茶と、もう片手にはタウンワーク。
ちゃぶ台の上にタウンワークを広げぱらぱらとページを捲った。
ぼんやり紙面を眺めていると、すぐ目の前にぬっと人の手が現れる。
驚いて珠音が声を上げそうになるも、よく見ればその手の袖は赤色だ。

「ここに取り出したるは、一枚のギザ十にございま〜す」

陽気な声が聞こえて、また目の前の手に視線を移すと、確かにそこには十円玉が摘まれている。
珠音は、ぱっと視線をおそ松に向けると、彼はおどけて言葉を続けた。

「さぁて、これをぎゅっと手で握り潰してやります…ぐっぐっぐっと、な!」

珠音は、食い入るようにまたおそ松の手元に集中した。
彼が何回か手を握った後…

「すると、あーら不思議〜」

開かれた手の上には十円玉はない。
わあっと声を上げそうになる珠音に、まだ続くよ〜と言わんばかりに言葉を続けるおそ松。

「はい、消えたコインはこんな所におりまし、たっ!」

さらりと珠音の髪を撫でたと思うと、おそ松の手には十円玉が。

「再現度高いねっ!おそ松くん!」
「へっ?」

少々興奮気味に、食いつく珠音の反応は、おそ松が思い描いていたそれとは少々違った事に、間抜けな声を上げるおそ松。

「ナツキ スバルじゃん!おそ松くんも見てたんだね〜!リゼロ!」
「あら、意外…珠音ちゃん知ってたのね。なんか、知らないと思ってセリフも丸パクリして俺、恥ずかしいわ〜。」
「えー!そんなことないよ!凄いよ!器用なんだね!」

きゃっきゃはしゃぐ珠音に、おそ松は気を良くしてその十円玉を握らせた。

「んじゃ、アニメどおりに、これは珠音ちゃんにあげよう!貴重なものだから大事にするように!」
「わぁ!ありがとう!スバ松くん!」
「ぶっwスバ松ってwww」

なんてことないギザ十に大喜びする珠音をおそ松は、目を細めて見つめた。

(ま、元気になったしいいか)

そんなおそ松の思いは露知らず、珠音は十円玉を握ったり振ったりと、コインマジックのタネを解読しようと必死だったのでした。