アリアと嘘吐き 4
「あ、一松くん、おはよう!」
「………」
今日も今日とて、珠音は、一松にアプローチをかけるも彼は返事すら返さない。
先日のやり取りで少しは距離を縮められたと思っていたのだが、それは思い違いだったらしい。
「一松兄さん、慣れませんなぁ〜」
彼が出て行った方向を、見ながら十四松が言う。
「そーだねぇ…。気難しくて大変だ!」
そう言って、笑う珠音を見て、十四松はお決まりの長考ポーズを取る。
そう言えば、六つ子の中で最も一松と仲のいい印象のある十四松だ。
何かいいアドバイスでも貰えるのではないかと、珠音は目を煌めかせた。
「トト子ちゃんの前だとあんなんじゃないんだけどなぁ…」
“トト子”という女性の名前が飛び出した事に少々驚く珠音。
女性との付き合いがあったって何もおかしい事ではないのだが、珠音の心は響めいた。
(あれ…、なんでモヤモヤするんだろう…)
そして、その“トト子”という会ったことも無い女性を羨ましいと思う自分がいることに気付いた。
「んー、でも、いつまでもこのままって訳にも行かないよねぇ〜」
文字通り頭を捻って変な体制になりながら唸る十四松。
どんな体制だ。と、笑う珠音の顔を見て十四松が大きな声を上げる。
「よし!!ボクが一肌脱ぐよ!」
「いや!!!!十四松くん!!!物理的に脱がなくていいよ!!!」
「珠音ちゃん、いいツッコミだねっ!」
パーカーを脱ごうとした十四松を必死に制する珠音に、満面の笑みの十四松。
んー!なんか会話が噛み合わないな!と、珠音は思うも、これは彼なりの優しさなのだろうと考える。
自分ではもう手の打ちようがない為気持ちはとても有難い。
そうして、今現在家にいる六つ子を十四松は居間に集めた。
家にいたのは、おそ松、トド松、十四松。そこに珠音を加えた四人で会議が開かれる。
「と、言う訳で、珠音ちゃんと一松兄さんの仲良し大作戦会議!開きます!」
十四松の不安しかない司会で会議が始まった。
「難しいんじゃない?一松兄さん僕たちでも手に負えない時あるし」
「一松兄さんは、素直じゃないだけだよ!」
「その、素直じゃないが捻じれまくってるからな〜、一松は。」
桃、黄、赤の順で発言する。
それを居た堪れない気持ちで珠音は聞いていた。
「カラ松くんに、一度相談したことがあるんだけど、カラ松くん…一松くんはわたしの事嫌ってる様には見えないって言ってくれてたんだけど…」
俯いてちゃぶ台の木目とにらめっこする珠音。
それを聞いて、トド松があー…と口を開いた。
「嫌ってるって言うと違うと思うよ。実際、一松兄さん意識しまくってるし。」
意識をしているという点では、こうやってわざわざ珠音を避けるあたりその通りなのだろうが、珠音からしてみれば、それで何故嫌われてないと言えるのかが理解出来なかった。
「意識してるって点では、珠音ちゃんも一緒だよな〜」
間延びしたその言葉は、おそ松から発せられたもの。
「そ、そりゃあ、一つ屋根の下で暮らしてる…んだし、仲良くなりたい…と、思ってるよ」
「ほんとにそれだけ?」
「えっ」
おそ松を見ると、何か確信めいたものをその瞳に宿していた。
そして、珠音はよくよく考える。
答えは自ずと見えてきた。
「ううん。それだけじゃない。わたし、一松くんの事…好きだ。」
珠音の真っ直ぐな瞳を見て、三人は柔らかく微笑んだ。
そして、作戦は後日実行される。
珠音本人単身で一松に接触を図ってきたが、全て躱され進展は見られない今、六つ子の誰かを挟んで距離を縮めていこうという話で落ち着いた。
例えば、おそ松が一松を飲みに誘ったとして、当日になって珠音も一緒になった…と言った感じに。
少々強引だが、顔を合わせたとしても間に誰かを挟む事によって会話も何とかなるだろうと…そして、そういった役回りに関して適任なのは長男だ。
おそ松は、その役回りを買って出た。
「ま、俺に任せとけって!」
そして決行の日だが、一松の様子を見て飲みに誘えそうな日をおそ松が判断し、誘う。
約束が交わされ次第、珠音に知らせるといった段取りだった。
「宜しくお願いします」
深々と頭を下げる珠音に、もう、大袈裟だなぁ〜と、三人は笑った。
「おはよう!一松くん!」
そして、いつも通りの毎日を珠音は送る。
そして、一松は一瞥するも言葉を返さない。
(うんっ、悲しいくらいいつも通り)
しかし、珠音の仲良くなりたいという思いは、他の六つ子に届いていた。
そして、おそ松が漸く一松との約束を取り付けたのが数日後。
「今晩、チビ太ん所で飲み!」
ピースサインを珠音に見せるおそ松。
珠音は、これで少しは前進できるかもしれない…と心を踊らせる。
が、しかし現実はそう甘くはなかった。
「は?なんで、コイツも居んの?」
一松は普段、珠音を避けて家にいない。
ので、現地に到着するまで珠音が来る事を知らなかった。
チビ太の屋台の近く、おそ松と一緒に現れた彼女を認識すると、あからさまに眉を顰める一松。
「え〜いいじゃん!珠音ちゃんも一緒に飲みたいってさ」
「あぁ、なんだ、そういうこと」
あっけらかんと話すおそ松を見て、一松は鼻で笑った。
「つまり、アンタ、おそ松兄さんまで懐柔したわけ?」
「え…」
「二人で手を組んでたって事でしょ?」
こうなった一松は暴言が止まらない。
畳み掛けるように言葉を発して反論を許さなかった。
「アンタ、ほんとに目障りだよ。初日からちゃっかり馴染んじゃってさ。」
「おい…」
「何?そんな媚び売って楽しい?俺には全く理解できないねその神経。」
「おい。」
「アンタなんてさぁ、松野家に来なきゃ良かったんだよ」
「一松!!!!!」
おそ松の怒号が響いて、一松はハッとする。
一松自身…彼女の身の上を知らないわけではないのだ。しまった…そう思うももう遅い。
彼の発した言葉は魔力となって、珠音を蝕んだ。
「ごめんね。迷惑掛けちゃって。」
悲しいはずだ。辛いはずだ。
なのに、彼女は眉を下げて笑っていた。
その表情が、一松の頭に焼き付いた。