ACT 01

「おはよう姉さん」

「あら、景吾起きたのね。おはよう」


天井が高く40畳はあるダイニング、中央から伸びてるダイヤモンドが散りばめられてるシャンデリア。長いテーブルの脚は純金で敷かれてる最高級のベルベット生地の絨毯、これらに囲まれ端で食事を取ってた女性は扉をあけて足を踏み入れた弟の存在に気付き微笑んだ。

「もう少し遅いかと思って先に食事を取ってたわ。ごめんなさいね」

「いや。まだ、寝たかったんだがどうも習慣がついててな」

「今日と明日は部活はお休みなのよね?ゆっくりしなさいね」

「ああ。姉さんは今日の予定は?」


景吾、と呼ばれた弟は彼女の目の前に椅子をひき側に控えていた彼の側近である執事に食事を運ばせた。見目麗しいこの姉と弟はかの有名な跡部財閥の跡取りで幼い頃から帝王学や経済学を学び生かしていた。


「今日は○○代議士のパーティに呼ばれていたのだけれど…」


傍にいくつか重なった書類と新聞の束の中から一枚の黒い封筒を見て溜息をついた。


「どうやらまた狙われてるみたいで、外に行動するのも躊躇うわ」

「ーーまたですか」


跡部財閥のトップは現会長である父、社長は母が務めている。彼らはこの日本経済、いや世界経済を動かしてる重要人物であり日本にいることは少なくいつも忙しなく世界を飛び回ってる。

そしてその子どもである彼女ら2人は物心ついた時から常にその身を狙われてる。景吾は男である為幼少期に比べると身長も高く警戒心が剥き出しだが彼女は同じ年代の女性に比べれば華奢で弱々しく見える為誘拐などの、脅迫は彼女の方が圧倒的に多かった。


セバスチャンが苦笑いをしながら真白に食後のコーヒーを差し出すと溜息まじりにスプーンでミルクをかき混ぜながら顔を曇らせた。


「景吾、私ね考えたの」


黒い封筒を人差し指と中指に挟んでヒラヒラと風を仰ぐ。

「私たちってこの国にとーっても必要な人材だと思うわ。私たちがトップにのぼりたてば母様父様とで他の輩が隣に立てないくらいこの経済を担う4本柱になれる。だから、」


FBIにでも護衛つかせようかと。


「、は?」

景吾は咀嚼していたクロワッサンの食べかけをぽとっと皿に落とした。まあ!はしたないわ。と笑いをこぼす姉に向かって景吾は眉を顰めた。


「SPがいるだろ」

「この差出人ってば、調べたらすっごく怖い人たちなの」


アメリカンマフィアようで、拳銃やショットガンなんて腐るほど持ってるに決まってるわ!
いくら屈強のSP集団だとしても拳銃の扱いなんて慣れてないでしょうしそもそも日本じゃ持てないし、拳銃持ったアメリカンマフィア相手に対抗できるのはやっぱり対になるアメリカのポリスじゃない?


「ーーいくら金を積んだんですか」

「そうでもないわよ。最近買ったルノワールの作品1枚に比べればお安い買い物だったわ」


うふふふ、と口元に手を当てて優雅に笑う姉を心底疲れ切った瞳で景吾は見ることしか出来なかった。

そうしてその日の午後、跡部家の強者揃いSP集団の中心にそんじょそこらの一般人とは桁外れのオーラを放ちながら指定された場所へと階段を登る彼女はひときわ目立っていた
先頭を歩くのはジェイムズと名乗られた初老の男性。てっきり本国から要請を受けたFBIが来ると思っていたが何故か日本に数名凄腕のメンバーが居た為、すぐに謁見することとなった。

ジェイムズさんが扉を開ければ少しタバコの匂いが鼻をくすぐった。さほど広くない部屋に数台のデスクやパソコンが並べられてそこでコーヒーを飲む女性やソファに足を組みながら座っている男性がこちらを見やる。


「連れて来た。彼女が真白跡部。ローランドファミリーから脅迫文を送られてきた女性だ」


カタカタカタ、静かな部屋の中でキーボードを打つ音が消えた。この空間にいる人物一人残らず私を食い入るように見て居た。それは品定めのようにまるで私に守るべき価値がある商品なのか。そんなような視線を感じたのだ。


「はじめましてみなさま。跡部真白と申します。この度はご迷惑をお掛けしますがどうぞよろしくお願いします」


背筋を伸ばし、凛として自身の名前を口にしてお辞儀をした。

『ちょっと待ってくれよジェイムズ。俺たちはあの組織を追うために日本に来たんだぜ?小娘のお守りなんて話が違う!』

くわえ煙草をしてる無精髭を生やした男が肩を掠めながら鼻で笑った。その言葉は英語で日本人のヒヤリング能力を舐めきってるから聞き取れないと思ってのことか大層早口でまくしたててた。

『トム、ローランドファミリーはあの組織との繋がりが示唆されてる重要人物達が揃ってる。全てが無駄ではない』

『はぁ?!だからって俺はごめんだね!この小娘一人にどんだけの人員を費やすかなんて考えたくもない!』


ーーあらあら、まあまあ。どうやら第一印象から嫌われてるようで。

黙って彼とジェイムズさんの言い合いを気まずそうに眺めてる他の人達はなんとも言えない表情で哀れみの顔を私に向けて居た。
今まで他人が私に向ける視線は艶羨、恋慕、嫉妬、賞賛このカテゴリーに分かれて居た筈なのにこの私が憐れみの瞳を知らない人物から送られてることに視界が霞んできた。
額に手を当ててよろければ私の後ろに控えて居たSPがすかさず私の背中を支えた。

「だ、大丈夫かね跡部様!」

「…えぇ、お気になさらずミスター…少し立ちくらみですわ」

もう大丈夫よ、ありがとう。SPにお礼を言い次第に目眩も無くなってきたのでトムと呼ばれた男までピンヒールで闊歩して詰め寄ってやる。マロノの新しいパンプスは案外履き心地が良くて自然と歩幅が広くなってた。ルブタンじゃこうもいかないわね。エスコートしてくれる男性はいないのだし。

『おっ、なんだよ子猫ちゃん』

『ミスター、貴方先ほどから私のことを馬鹿にしてるようだけれど…』

ケラケラと馬鹿にした表情をしてた男は私が口を開いた瞬間ネイティブだと悟ったようで眉をひそめる。あらやだ、わからないとでも思ったの?私はイギリスでずっと育ってきたのよ。多少のイントネーションの違いはあるけど貴方との会話は申し分ないくらいお話しできるのよ。

『私はこの世界で護られるだけの価値がある人間よ。富、名誉、地位、美貌、これからの世界的経済は私が回すといっても過言じゃないわ。』


腕を組んで目の前のソファに踏ん反り返る国家のワンちゃんに上下関係というものを教えて差し上げる。


『私には国ひとつ動かせるだけの力がある。貴方を無法地帯へ追放することだって容易いのよ』

大人しく私を守りなさい。この私の命を貴方達に預けると言ってるのです。これ以上の重大任務は他にないわよ。

ーーーそう言い切れば、彼は咥えてたタバコから灰を落として目を丸くさせた。
そして後ろからたくさんの笑い声が部屋に響く。
ぽんっ、と肩を叩かれ涙目になって笑ってる金髪の女性は貴方ってとってもクレイジーね!最高よ!と何故か褒め言葉を頂いた。

「私はジョディ、この場で女は私だけだから何かと話しやすいと思うしいつでも相談に乗るわよ」

大きな瞳をウインクさせてジョディと名乗る彼女は私の肩を抱いた。ジョディはヒールを履いた私よりも背が高くスレンダーで気の良さそうな方で少し年上に見えた。

「トム!貴方もそうやっていつも新人やクライアントを困らせるんだから!もう気が済んだでしょう?」

「オーライ、悪かった。ちょっとしたイタズラだったんだ。守る価値がある人物だっていうのはよーくわかったよ。改めてよろしく。キティ」


どうやら彼等は私を気に入ってくれたようだった。柄でもないが緊張してた胸の奥がじんわりと解けてきた。ジェイムズさんもやっと安心したようで強張らせてた表情を柔らかくして微笑んでいた。


「シュウ!貴方もこっちに来なさいよ!」


少ない人数が各々に私と挨拶を交わした後、隣にいてくれたジョディが部屋の隅に向かって手を上げた。
そこには室内にも関わらずニット帽を被った細身の男性がいて無表情でこちらへ向かってきた。

その無表情な顔とは裏腹に芸術品のように整った顔の造形に思わず見惚れてしまう、切れ長で綺麗な翡翠の瞳に私が映る。


「赤井秀一、よろしく頼む」

差し出された大きな手のひらを握り返し、よろしく。と微笑んで心地よい体温を名残惜しく思いながらも手を放した。


「…ミスター、貴方とても綺麗ね」

「……は?」


人一人分間に空いてた空間を狭めて顔を寄せた。何事かと眉を寄せる赤井秀一は真白の突拍子も無い発言が何か聞き間違えかと声を漏らした。

「…この前買ったルノワールの絵画よりも貴方の方がずっと綺麗だわ。なんだか損しちゃった気分よ」

「……そうか」

「1億くらいしたのだけれど、貴方を買えばよかったかしら。ああ、でも生涯年収にしたら貴方はもっと高いわよね。当たり前よね、さすがに私も人身売買はしたことがないからどのくらいが相場なのかはわからないけど、貴方のその瞳と美貌は専用の美術館を作って置いておきたいくらいだわ」


はぁ、なんだか手に入らないものって本当にあるのね。とても不満だわ。

心底残念そうに溜息をつく真白とは正反対に、その背後ではこの場にいる彼と彼女以外の人間が口元を押さえてジタバタと笑いを堪えていた。赤井は珍しく口元を引きつらせて1番楽しそうに涙を浮かべてるジョディを鋭く冷たい眼光で睨みつけた。


「まあいいわ。貴方のような美しいモノに護られる私もなんだか素敵、これからよろしくね。私の護衛さん」


赤井という男は仕事に忠実で彼の存在なくしてこのFBIはないだろう。と言わせてきた人物で、どんな任務もスマートに冷静沈着にこなしてきた男だった。そんな彼でも此処まで顔に出して仕事を放棄したい。と訴えかけることが今まであっただろうか。

ジェイムズは前途多難のようだ。と思いながらもこれから楽しいことが起きそうだ。とも心を躍らせていた。