まるで、人魚姫のようだね


「わあ、きれーい!」

 ショーウインドウに並ぶ煌びやかなガラス製品に目を留め、ミミはうっとりと呟き、立ち止まる。呟き声にしてはそれなりに大きく、彼女より少し前を歩いていた栞と空にもしっかりと届いていたので、彼女たちは足を止め、ミミを振り返る。

「ミミちゃん、どうしたの」

 先に問いかけたのは空だった。だがその問いに対する答えはなく、栞は少し首を傾げ、空とお互いに顔を見合わせた。

「どうしたのかしら」
「何か見てるみたいだね…」

 もぞもぞと腕の中で動いたイヴモンが栞を見上げた。洗い立てのタオルのような柔らかい毛が腕をくすぐり、栞は少し身をふるわせた。

「何カ飾っテあるミたいだヨ」
「イヴモン、喋っちゃダメだよ…!」
「アっ、ごめンなサイ」

 そんなやり取りをしている間に、空は大きくため息をついた。

「もう…」

 先ほどから、暑くて疲れた、と言っては休憩を取って行動をして、の繰り返しだった。これでは中々先に進めないではないかという気持ちがありありとその溜息にこもっていたので思わず栞は苦笑をこぼす。空の気持ちも、ミミの気持ちも分かるから、その表情で返すしかできなかった。
 念を押すようにイヴモンに口を閉ざすことをひっそりと告げ、ミミの場所まで踵を返す。

「ミミちゃん?」
「あっ、ねえ、見て、空さん、栞さん!これ綺麗じゃない?」
「え?」

 近づいてきた二人に気づいたミミは、キラキラした眼差しを向け、飾られた置物を指さした。空はその指先をたどった先にあったものを口に出す。

「このお姫様?」
「ええ、そうなの。あたしの部屋にぴったり似合うと思うのよね〜」
「ミミの部屋におんなじようなのいっぱいあったじゃない」
「だって素敵なんだもの!何個あっても足りないわ」
「でも確かに綺麗だね」

 ミミの隣に立って、中を覗いてみれば、確かにそこには綺麗な宝石であしらわれた王冠をかぶったプリンセスの形をした置物があった。活発そうな表情と長い髪が相成って、どこかミミに似ている気がして栞は笑みをこぼした。

「そうでしょ?いいなあ、今度パパにお願いして買ってもらおうかしら」

 ミミがうっとりと眺めていたその時、乳母車の中からピヨモンが空に手を伸ばし、くいっとその服の裾を掴んだ。

「空ぁ、あたし、喉乾いちゃった〜」
「ちょっと、ピヨモン、しーっ!」
「でもぉ…」
「…しょうがないわね。ちょっと何か飲み物買ってくるわ。二人はここで待ってて」

 ごめんね、と謝罪を告げ、パルモンを乳母車の中からおろす。栞とミミを振り返ると、眉を下げた空がいたので、栞は微笑んで頷いた。

「うん、気を付けて」
「行ってらっしゃい!」

 二人に見送られ、空はピヨモンの乗った乳母車を押し、自動販売機のある場所へと向かっていった。
 店先に背を預けその様子を見送ると、ミミはぽつり、と呟いた。

「空さん大変ね〜」
「空は優しいから…」
「…うん、わかってる。空さんは本当に優しい人だって。だからつい甘えたくなっちゃうの」
「そう、だね。私もそうだよ」
「あたしたち一緒ね、栞さん」

 もちろん、栞にとって空は特別な存在だ。何者にも変え難い人物である。だがそれは、ミミにも言えることだった。ミミからしたら栞は頼りにはならないのかもしれないが、栞はミミの明るさや天真爛漫さにいつも励まされていたのだ。愛らしく笑うミミを見て、改めて思った。
 その時、視界の端に、先ほどミミが絶賛していたプリンセスの置物が目にうつる。

「この子…ミミちゃんみたいだね」
「え?」
「可愛くて」

 そうつぶやく栞の瞳は、相変わらずガラス製のプリンセスの置物へと向けられていた。
 ミミはじわじわと胸の奥が温かく拡がっていくのを感じた。その感覚が何なのか分からないままだったが、自然と破顔していた。その笑顔を見上げ、パルモンも満足げに笑う。ミミが嬉しければ、パルモンは無条件で嬉しくなれるのだ。

「ミミ、嬉しそうね」
「も〜、茶々淹れないでよ、パルモン!」
「だって本当のことじゃない!」
「パルモン、声が大きイ」

 あいにく、街中を歩く人々がこちらに興味を抱くこともなかったので、二体のぬいぐるみが喋っていることに気づくものもいなかった。だがもしかしたらという場合もあり得るので、栞は再度二体に対してあまり大きな声でしゃべらないよう念を押した。その横顔を見つめ、ミミは、「あ」と声をあげる。

「どうしたの…?」

 その声に振り向いたミミは、どこかいたずらが成功した子供のように無邪気な笑顔を浮かべていた。 

「分かったわ。…栞さんはこっちね」
「こっち?」
「この人魚姫の方。寂しそうで、でも優しいの。それで、綺麗なのよ」
「ミミちゃん…」

 彼女は恐らく、純粋にそう告げているのだろう。少しだけ照れくさくなって俯けば、ミミは至極不思議そうに首を傾げる。

「…あのね。恥ずかしいんだけど、私、…女の子の友達、とこうして出かけるの初めてなの。だから…こんな時に本当は不謹慎なんだけど、ちょっと楽しくて」
「ふふ、これからいくらだってできるわ。その前に、ちゃちゃっとヴァンデモンを倒しちゃいましょう。そうすればいつだって一緒にお出かけ出来るわよ!」

 両手でガッツポーズをとるミミに、栞は一瞬目を見開き、それからゆっくりとほほ笑んだ。

「ただいま〜」
「みんなの分も買ってきたわ!」

 空とピヨモンが戻ってきて、栞とミミは顔を見合わせ、笑った。

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