桜が咲くまで傍にいて
俺は、昔から、感だけは良かった。いい方も、悪い方も、なんとなくこうなるだろうと予測すれば、そうなることが多かった。それはちょっとした特技に思っていたが、どうせなら良いほうだけあってよかったのに。
あの日、遠くに行ってしまう彼女を知った。もちろん、それは予想でしかなかったのに、目の前の彼女は、あの日と何もかもがちがっていた。そうなるともう、確定でしかない。俺の予感は、また、あたったのだ。
(どこか、遠くへ行ってしまう真田がいた気がした。そして、それは)
ぼんやりと、友達と話している彼女を見つめてみる。ピアノ教室では俺以外の生徒とは話さなかったから、学校でも友達はあまりいないものだと勝手に思い込んでいた。―そうであってほしかったというのも、勝手な願いだった。それはもちろん彼女は俺が好意を抱く女の子であるし、その女の子が自分には話してくれるという優越感からくるものだ。だから、俺の勝手な願い。―勝手だから、きっと直ぐに叶わなくなる。そう思うと、胸がぎゅっと締め付けられる思いだった。
ぼんやりとしすぎていたのだろうか。未だ眠る人々の間を縫うように、友達のもとから離れ俺のもとまでやってきた彼女は心配そうな面持ちで俺を見つめた。
「笠井くん…?大丈夫、?」
「え、あ、うん。俺は平気だよ。ちょっと混乱はしてるけど…」
「そう、だよね…。……ごめんなさい」
「なんで真田が謝るの?真田は何も悪くないよ」
「……でも、でも…私、が」
何かを言おうと、彼女は口を開く。だが、その声が俺の耳に届くことはなかった。言いたいけれど、言うことができない。苦しそうに、悲しそうに眉根を寄せる彼女を見て、俺だって心が苦しくなる。好きな子に、そんな顔はしてほしくないのだ。
「…ねえ、真田。俺さっき、真田の音が聞こえたっていったよね」
「う、うん」
「その前まで、何か黒いものにつかまれそうで。それにつかまったら、終わってしまいそうで、怖かったんだ。でも、真田のピアノの音が、追い払ってくれた。真田が俺を助けてくれたんだよ」
「笠井、くん」
「だから俺がありがとうって言える。……だから真田はどういたしまして、じゃないかな」
「あ、」
「ありがとう、真田」
「……どういたしまして」
そうして彼女は、ようやく力を抜いて、ほっとしたように笑った。いつも見ていた、俺の好きな彼女の表情だった。その笑顔を見れば、ああ、俺は彼女に心を開いてもらえているのだと実感できる。だから、俺も自然と笑みを浮かべた。
彼女はじ、っと俺の顔を見つめ、それから不意に首をかしげる。
「…なんでだろう」
「え、何が?」
「笠井くんと話すと、いつも安心するの。こうやって、優しくしてくれるから、かな。つい、甘えちゃうんだ」
恥ずかしそうに俯いて呟く彼女に、俺は言葉をなくす。
以前だったら。いや、ほんの数日前までだったら、彼女からこんな言葉を聞けただろうか。そこで、一瞬だけ視線を、彼女の友人たちへと向けた。おそらく、彼女と彼らの間には、俺には知りえない共通点があって、俺が今まで積み上げてきた以上の絆を、彼女と育んできたのだろう。それがどういったものなのか、どれくらいなのかなんて、もはや関係なかった。―彼らはきっと彼女の中の特別だ。それは決して覆ることがないほどのものだ。そっと目をつむり、そして息を吐いた。悔しいなあ。
「…笠井くん…?」
「――ごめん。なんでもないよ」
「本当に、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
心配そうにこちらを見る彼女に、微笑みかける。大丈夫か、大丈夫じゃないかって言われたら、多分、大丈夫じゃなかったけど、彼女に心配かけるのだけはごめんだったから。好きな子には、いつだって笑っていてほしいから。だって真田の笑顔は温かくて、優しい。気持ちが、包み込まれるような、そんな。
「来週、また一緒に帰ろう。今度、俺のサッカーしてるところも見に来てほしいな」
「――うん、もちろん」
きっと、もうすぐ俺の居場所なんてなくなる。君は、俺の手の届かない場所で咲き誇るのだろう。
けれどもう少し。もう少しだけでいいんだ。せめて、君の笑顔が誰にでも見せられるその時まで。
俺は、ここにいてもいいだろうか。BACK