隣はあの子のもの


 真田、という苗字を聞けば、真っ先に思いつくのは隣のクラスの真田一馬だろう。屈指のサッカーセンスと、それを鼻にかけるような態度(というのは同じくサッカーをしている子の話だが)、更には仏頂面での取っ付きにくさが相成って、恐らく学校内で知らぬものは殆どいないはずだ。
 それでも私が真田、と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、まったく別の人物だった。いつも一人ぼっち、ぽつんと席に座る姿を、後ろから眺めているからだろうか。どちらかといえば印象に残りにくいであろうその子は、ばっちり私の記憶の中には残っているらしかった。


「栞ちゃんはお休みの日は何をするの?」


 物思いに耽っていたところに、ちょうど考えていた人物の名が聞こえ、考えが見透かされたのかとドキリとした。思わず視線をそろり、と前へ向ければ、クラス一のしっかり者である空ちゃんが、一人でぽつんと座るその子に話しかけていた。急に話しかけられたからか、後ろからでもわかるほど彼女の肩がびくりと揺れていた。あまり誰かと話しているところを見たことがなかったし、席が前後だからといって私も大した話はしたことなかったが、確かに誰かと話すとき、その女の子はいつもビクビクとしていたっけ、と、ふ、とおもった。
 そしてこの女の子こそ、真田と聞いて、私が真っ先に思いつく、真田さん、その人だった。


「え、え、と…」
「うん」
「…え、と……その…」
「お買い物とか行くのかしら」


 しどろもどろと言った様子で答えにならない真田さんに苛立つことなく、空ちゃんは答えになりそうな項目をあげていた。そうして気が利くから、先生は空ちゃんに真田さんのことをお願いしたのだろう。――それは、つい昨日のことだ。
 空ちゃんが藤山先生と話しているのを、たまたま、トイレから帰ってきた私は聞いてしまったのだ。その会話の内容を要約すれば、真田さんと仲良くしてやってほしい、というものだった。空ちゃんは一瞬困ったような顔をしていたけれど、藤山先生に頼むと拝まれて、優しく笑って、大丈夫ですよ、と返事をしていた。空ちゃんて、すごいな、ってその時に思った。そしてそれを直ぐに実行してしまう空ちゃんは、本当にできた子だ。私だったら、どうだろう。会話に詰まってしまって、多分、それきりで終わりにしてしまう気がする。まあ、空ちゃんは明るくてしっかり者のお姉さん的存在だから、面倒見もいいだろうし、と他人事のようにその光景を眺めていた。


「休み、は、…サッカー、見に行ったり…」
「サッカー!?」
「っ…」
「あ、ごめんなさい…大きな声だして…。…そっか、真田くんのサッカー見に行くのね?」
「…う、うん…」


 冒頭から繰り返している件の真田くん、というのは、なんとこの真田さんの、家族だったのだ。家族なのだから兄妹なのだろうし、同じ年ということは双子なのだろうが、二人は全くと言っていいほど似ていなかった。お母さんが前に、真田さんは、もらわれた子なのよ、って話していたのを思い出す。そのとき、真田さんはもらわれた子だからどこか浮いているんだ、と納得した。


「ふぅん…。ねえ、やっぱり真田くんって上手なんでしょう?」


 確か、空ちゃんはサッカークラブに所属していたはずだ。だったら、真田くんのことをあまりよく思っていないのかもしれない。そのことを真っ先に考えたのだろうか、また、真田さんの背中がふるえた。身を縮こまらせてから、怯えたように、こくり、と小さく頷く。それを見て、空ちゃんは、あごに指をかけ、小さくつぶやいた。


「やっぱり同じサッカーをやってる身としては、間近でプレー見てみたいのよね…」
「…え…?」
「ねえ、栞ちゃんさえ良ければ今度私も一緒に連れていってくれない?」
「……」


 興奮気味に身を乗り出した空ちゃんに一瞬、呆気にとられたであろう真田さんは、数秒ののち、また小さくこくり、と頷いていた。


「わあ、本当?ありがとう!楽しみ!真田くんのサッカー見れるのも楽しみだし、栞ちゃんとお出かけするっていうのも楽しみね」
「……ほん、とう?」
「ええ、もちろんよ!ねえ、他は?もっと栞ちゃんのこと教えて!…私はね――」


 空ちゃんは、本当にすごいなあ。たとえお世辞だとしても、嫌味も悪意もない笑顔でにっこり言われたら、誰だって悪い気はしない。固くなっていた真田さんの背中の緊張が、少しずつ解れていくのが、私の目にはっきりうつっていた。私には到底、マネできないや。
 それから暫く、空ちゃんは真田さんのもとに話しかけにきていた。後ろの席の私も、自然とその会話が耳に入る。好きな食べ物、嫌いな食べ物、習い事、真田くんのこと。いつの間にか、私は、真田さんのことにくわしくなっていた。自分のことを話す時はつっかかりながら話すのに、真田くんのことを話す時は嘘みたいに饒舌になって、少しだけ嬉しそうに話すことも知った。
 それからかな、私の真田くんに対する目線が変わったのは。

 そして、夏休みがはじまった。楽しみにしていた子供会のサマーキャンプは、悪天候のため中止となった。下山途中、バスの中の雰囲気が来る時と少し違っていたが、その違和感の本質に私はきづけなかった。
 夏休みの予定が一つ潰されてしまった私は偶々、本当に偶然、東京タワー付近を歩いていたところ、彼女と空ちゃんを見かけた。その隣にはもう一人、女の子がいたけれど見覚えがなかったので、多分違う学年の子なのだろう。
 空ちゃんと真田さんがまともに会話をし始めたのは夏休みに入る少し前くらいだったはずだ。その時はまだ、空ちゃんが一方的に話しかけて、真田さんがそれに応対するといった感じだったと記憶している。それなのに、目の前の二人はまるでずっとそんな親密な関係であったかのような、自然なやり取りをしていた。それが、バスの中で感じた違和感だったのだ、とすんなり浸透していった。


「空、…おばさんがこれ、空にって。いつもお世話になってるからって」
「え、やだ。そんな構わないのに。というか、お世話しているつもりは別にないわよ?」
「…ふふ、私のお話でそんな風に聞こえちゃっていたのかな?」
「もう、栞ったら!」
「は〜、空さんと栞さんって本当に仲いいわよね」
「そんな…。ミミちゃんも、だよ?」
「まあ私たち三人娘だものね!空さんがしっかり者の長女、栞さんがちょっと頼りない次女、そして」
「ミミちゃんがちゃっかり者の三女、かしら?」
「もう空さんったら〜。…そうねえ、空さんが愛情たーっぷり注いでくれる、と、栞さんが、いつだって優しく話を聞いてくれる〜を付け足そうかな?」
「…ミミちゃんは純真で真っ直ぐな優しい子、って付け足して?」
「ふふ、そうね」


 仲睦まじくお喋りする姿は、普通の女の子たちだった。それが、少しだけ羨ましくなった。急に置いてきぼりをくらった感覚に近い。
 もし、あの時先生が頼んだのが私だったら。あの位置はもしかしたら私がいたのだろうか。その光景をかんがえてみる。何も思い浮かばなかった。
 ああ、あの子の隣は、最初から空ちゃんのものだったのだ。

 遠ざかっていく3人の背中を見送り、私も踵をかえす。夏休みが終わったら、私も真田さんに話しかけてみよう、とそう決意した。

 

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