明日の在り方一つで
突然、何かに襲われる感覚がして飛び起きる 。ばくばくと高鳴る心臓箇所を抑えながら周囲を見渡してみても、気持ちよさそうに鼻を鳴らして眠るパートナーや、他の子供たちの姿しかなかった。敵が人っ子1人見当たらないことに対し、丈は深い安堵の息をついた。
(あれ…?栞くんは?)
ひぃ、ふぅ、みぃ、と子供たち一人ひとりの顔をながめ、ふと、その人数が欠けていることに気づいた。丈は急いで眼鏡をかけ、再び数えてみるが、やはり1人足りない。
となると、やはり先ほど感じた悪寒は間違えなどではなく、ただその矛先は自分ではなく彼女にむけられており、更に彼女はそのまま連れ去られた――?と最悪の結末まで想像出来てしまい、慌てて飛び起きた。他の子供たちは余程疲れているのか、丈が立てた物音には気づきもせず、夢の中だった。
せめてもう1人くらい起こして様子を見に行くべきか?起こすとしたら頼りになる太一だろうが、それよりも栞のことなので空の方がいいだろうか、いやそれより前にゴマモンを起こした方が―――と短い葛藤をしている丈の耳に、かさり、と草をかき分ける音が聞こえた。
じんわり、と背筋を汗がつたった。
「丈さん…?眠れないんですか?」
「栞くん…!良かった、僕は君が誰かに連れ去られてしまったのかと!」
「あっ、しー…」
目を瞬いた彼女は声を潜め、首を傾げていた。その姿はどこも怪我もなく、なんの問題もなさそうだったので、ほっと息を吐いた。
安心からか声が大きくなってしまったことを、彼女に慌てて窘められ、口を両手で覆った。
「栞くん、」
「――丈さん。眠れるまで、私とお話しませんか…?」
「え…」
「あ…、もう、眠れそうですか…?」
ほんの少しだけ、彼女の眉がさがる。意図した表情ではないのだろう。矢継ぎ早、否定の意味を込めて首を横に振れば、今度はほんの少し嬉しそうに笑う。些細な変化だったと思う。けれど、丈はその変化に気づけないほど、子供ではなかった。
「あんまり離れると何かあった時困るから、みんなが見える位置にいよう」
「はい」
「栞くんも目が覚めてしまったのかい?」
「――眠りが浅かったみたいです」
言葉通り、子供たちが目に入る位置に2人で座り込む。ある程度の距離はあるので、喋り声で起こすことはないだろうが、大声を出せば声は届く。それならば何かあった時もすぐさま行動に移れるはずだ。
「これからどうなるんでしょう」栞は少し遠くを見つめ、弱音ともとれる言葉をもらした。丈は、その言葉に何も返せなかった。
幾度も試練を与えられてきた子供たち。その都度、成長を遂げて、時には手助けをしてもらい、乗り越えてきた。いつも、どこかに希望があった。だが、今回ばかりはその希望すら見えなかった。彼らの許容範囲をはるかに超えていたのだ。
「…私は…いつまでこのままでいられるんだろう…」
ぼう、と遠くを見つめているその双眸は、最初の頃の薄い灰色の輝きとは違い、爛々と燃え盛る焔のように赤く光る。
それは、丈にむけて放たれた言葉ではなかった。もちろん無意識のうちに呟いたのだろう。だが、丈はその言葉に無性に胸が痛くなったのだ。――彼女は、いつまでこのままでいてくれるのだろう。正しく、丈がいつも胸に秘めていた疑問だったからだ。
彼女は守人なのだという。だから、おそらく命の根本からして彼らと成り立ちがちがうのだと丈は思っていた。だが丈のすぐ近くで笑う少女と、自分とは、一体どこで区別されるのだろうか。死には悼み泣いて、生には喜び笑う。同じ、人間としか思えない。瞳の変色から、性格まで、様々な変貌を目にしてきたが、その気持ちはいつまで経っても変わらなかった。
丈にとって栞とは、他の子供たちと何ら変わりのない大切な仲間なのだから。
「栞くん、僕じゃ頼りにならないかもしれないけれど、何かあったらこうして話をすることくらいできるから」
「丈さん、」
「夜眠れないときは起こしてくれて構わないよ。一緒に話そう」
少し照れくさくなって視線をさげた。
頼られる性格ではないと分かっているし、年上だがリーダー気質ではないのだ。だが、そんな自分でも、もし彼女のために出来ることがあるなら。
「僕が今話している君と、これから話すであろう君は、同じはずだよ。ずっと、君のままだ。―栞くんがおもっていること、ぶつけてくれて構わないから…」
「…はい。ありがとう、ございます」
そ、と伺うように彼女を見つめる。
その赤い瞳がいつになく優しく輝いていたのは、おそらく自惚れではなかったのだろう。
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