転生トリップ/宍戸双子/オタク
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「目標確認……ハァ、ハァ……」
草陰に身を隠し、降り注ぐ日差しを背に受けたままただ只管その時を待つ。心臓はひどく高なっていたし、気分は高揚していた。つまりは最高のコンディションである。
首からぶら下げた双眼鏡をのぞきこみ、その直線上をすべるように凝視する。高揚する気分のおかげで、随分と息も弾んでいた。一つだけ言っておくが決して変態ではない、花の中学3年で、そして乙女だ。
「……鴨がネギしょって歩いてくるぜ」
隠れて監視しているせいか、自然と口調もハードボイルド調になっていく感が否めない。
勝利の鍵である手の中にしまいこんだものを大事ににぎりしめると若干しめっていることに気づいた。―ああ、そうか、柄にもなく緊張しているのか。それもそのはず、もしこれからやることが失敗してしまったら、己の今後の人生を左右されるかもしれないからだ。だからか、余計にハードボイルド感も強まっているのかもしれない。
(それでも……やるしかない)
きりりと眉を釣り上げて、気を引き締める。心臓の音がうるさいくらい自分の中で木霊した。その音で気づかれてしまうのではないかと危惧して、より一層影へと身を潜めた。
そして、息を殺し、その機を、待ちわびる。
「――手塚」
機会は、容易く訪れる。その名が耳に届いた。今すぐに飛び出していきたくなる気持ちを必死におさえ、発狂しそうになる口を片手でおさえ、にぎりしめた機械に力をこめた。
(ここだ!よし、いけ!)
ぽち、とな。
「……」
「? どうした、手塚」
「あそこにいるのは」
「ん?……あ、ああ……」
やべーー!!!くっそいい声すぎる!!手塚だけじゃなくて大石もくっそいい声すぎるー!!好き!!抱いて!!!
くふふ、くふ、ふふふふ!とニヤケがとまらない、だって!おまえ!あの!声が!今そこで!今ここで転げ回りたい!!話している内容なんてどうでもいいんだ!!私はただあの声がほしかった!
跡部に一生のお願いを駆使して、皆々様の声が入った専用の目覚まし時計を作ってくれと頼み込んだというのにあいつときたらシカトしやがって、そうなったらもう自分でやるしかないじゃん?ほら私って思い立ったら即行動派だから次の日にはこうして忍び込んだよね。だけどまさかの雨でうまくいかないし、それから1週間後に忍び込んだ際は全然テニス部通りかかんないし見つかんないしなんなの青学実は忍者なの?てイライラしたんだけど、それから通いつめること一ヶ月、テニス部が通りかかる、かつ、決して見つからない場所を探し当てた私はそれからなんパターンかのシミュレーションを繰り返し、あれから二ヶ月、ようやく今日という日を迎えたので―――「おまえは氷帝の……」「ぴゃああああああ!!??」
うそでしょ!!バレたぞ!!??
え、でも近くでokiayuボイスヤヴァイ……天に召される……
「そんなところで何をしている」
「あわわわわ」
それでも脳内パンク寸前!!
通い詰めて二ヶ月、探し当てた決して見つからぬ場所、何度も繰り返したシミュレーション!一瞬で無に帰す!!
頭の中で跡部に鼻で笑われた気がした。
「え、あ、え、えへへへ〜」
「部外者は立ち入り禁止だ」
「え、へへへ〜へけっ」
やべえ渾身のハムたろさんの真似がつたわらない!眉間のまゆすごい!わー!本物の手塚国光だ!有名人にあったときの高揚感です。最近では氷帝メンツにはもっぱら感じなくなってしまった新鮮な気持ちです!
「……偵察か?」
「へ?えっ、いやいやいや!私テニス部ノータッチ!関係ナイ!」
訝しげに寄せられたまゆはまだ私を警戒している。ふむ、―ここは散々乙女ゲームで培った攻略術を披露すべきだろう。おお、今私の前には二つの選択肢ぽんっと出現した!
1.とりあえず自己紹介をする
2.あなたの声をくださいという
……無難に自己紹介するしかないか。ほんとならその手を握りしめて振り回しながら声を強請るところなんだが、まあ警察に突き出されかねないので。何かあったら跡部財閥の力でなんとかしてもらおう。
「私、宍戸名前っていいます。あの氷帝テニス部の宍戸の双子ではあるんですが、テニス部とは全く関係ないです!無関係です!私無関係です!」
「……」
「えっと……」
つづかない!
これが桃ちゃんとか菊丸とかだったら色々返しがあるんだろうけど、手塚国光、攻略難易度たかめだなやはり!二週目キャラだろ!……ごめんなさい。
「もちろん、その、氷帝応援してるのは身内なんでそうなんですけど、前の試合の青学はんすごかったな〜とおもって、それを伝えたかったっていうか、間近で見たかったっていうか、へへへ……」
とってつけたような感想だし、実際はそれを伝えるためにきたわけじゃないからすっごい罪悪感はんぱないんだけど、秘儀名前ちゃんのキラキラしたおめめ!
「そうか」
「うす!」
「それで……その手にもっているものは」
「ぎく!」
「……」
▽ 手塚国光 の 無言の圧力!
「……ひええええごめんなさいいいい!!」
耐えられるわけがない!
咄嗟に身を引いてそこが地面だろうが構わず土下座の姿勢をとる。目の端で手塚が無表情ながらもドン引きしているのがわかった。
そういえば今日、運勢、最悪だったな〜ははは〜。ちくしょー!
脳内で跡部のバカにした顔が浮かんだ。
「こえが!こえが!ほんとに好きなんです!!こえが!ききたくて!!」
正直に罪の告白をして、頭を地面にこすりつける。ああ、なんて惨め。でも目の前にいるのは手塚だぞ。あ、今逆に顔挙げられない、鼻血出てるかもしれないわ。手塚に土下座とかふつうに体験できるものではないからね!私、逆についてる!!
「……よく分からないがそのためにここまできたのか」
「うす!!サーセン!!でもしあわせです!」
顔を持ちあげてピシッと敬礼をおくる。無表情の中に芽生えた若干の戸惑い、えへへスペシャルレアな表情ゲーット。
それからひとつため息をついて、彼は私に手を差し出した。
「え、」
「いつまでそうしている気だ。……つかまれ」
「えっ、えっ、あ、ありがとう!」
手塚は紳士だった!!感動。跡部だったらそのまま足蹴りされる、絶対あいつならそうする、完璧偏見です。
反射的にその手につかまったのだが、その瞬間に、あ、やばい、私手汗……てすごい焦ったのだが、すごい力で引き上げてくれて、きゅん、てした。きゅん。
わかりました、私、手塚国光のファンになります。はわわ〜手塚くんかっこよすぎですぅ〜。
「次は」
「え!」
「こそこそしてないで正面から入ってこい」
「きゅん!!」
宍戸名前、転生を果たして15年、がちのキュン死を経験いたしました!
あ〜!ドキサバで手塚おとして〜!!なんで手元にないんだよ!!つらい!!
あ、学プリでもいいなぁ。にやにやするなぁ。
ほわほわした気分で帰路について、仁王立ちしてGPSを片手に持った跡部と遭遇して全力ダッシュするはめになるとは、この時の私はまだ知らなかったのである。
この胸いっぱいの愛を
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