豊臣のお姫様/左近視点
■ ■ ■
殿の目線の先に、いつも姫がいる。
何気なく立ち止まった殿を不思議に思い、同じように立ち止まり視線の先をたどってみた。
―ああ、やはり。思わず喉がくつりと鳴りそうになるのをおさえ、だが微笑ましい気持ちは抑えきれず口元はゆるむ。
おそらく本人は気づいていないだろうが、殿の表情は姫に影響されているらしい。姫が笑えば目元がゆるみ、姫が泣けば困惑される。些細な変化ではあるが、傍にいる者なら誰でも気づいてしまえるほど、分かりやすいものではある。
現に今だってほら、目元も口元もおだやかに緩められている。
「……なんだ、左近」
「いいえ、なんでも」
「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」
突っぱねるような言い方、だからこの人は他から敬遠される。長く共に過ごすものでさえ、時に反感をまねく。
―あの人は不器用なだけなのよ。
鈴がなるような愛らしい声が響いた。縁側で足をぷらぷらさせながら、俺を見上げる瞳は春に咲く花々のように華やかな色を見せた。はしたない、と窘められて以降、俺の前でしかやらない動作だ。
―もっと素直になれればいいのにね。あ、でもそれはそれで少しこわいかも。
誰よりも見てきた、と、そのことが言葉の節々で感じられた。
―だから三成はあれでいいの。みなが分かってあげられなくても、私たちが分かっていればいいじゃない。
……本当にまるで対照的なおふたりだ。
―左近、三成の傍にいてあげてね。支えてあげてね、おねがいよ。私には出来ないことだから。
力なく微笑むすがたに言ってやりたかった。あなたが笑っているだけで、この人がどれほど優しい顔をするのか、あなたが待つ場所に帰ることがどれほど支えになれているのか。
対照的ではあれど、お互いに気を遣いすぎる面はよく似ていた。
「殿、見すぎですよ」
「……?俺が何を見ているというのだ」
「はぁ、いくら無意識とはいえ、毎度毎度ではいずれ気づかれちまいますよ」
「?」
やはり、分かっていない様子だ。やれやれ、と肩をすくめれば、咎めるような鋭い視線に射抜かれる。
「三成、左近!」
その時、記憶の中よりも少し大人びた、それでも鈴の鳴るような声が響いた。
同時に、鋭い瞳も丸みを帯びる。それに反して口元はきりりと引き締められた。―本当に分かりやすい方だ。
まるで姫とは形容しがたいほどお転婆な我がお姫様は着物の裾をもちあげ、駆け寄ってくるのを見て、やはり微笑ましく笑みがこぼれる。
「……名前様、何度も申し上げているように」
「お小言はもう聞き飽きたわ!それより父上が教えてくださったの、向こうの紅葉が美しいんだって!ねえ、見に行こう?」
こうお強請りされてしまっては、鉄壁の頭でっかちも形無しだ。
「殿の負けですよ。姫には勝てません」
眉間にしわをよせて、あたかも不機嫌そうな顔をされる。けれどこの表情の裏ではどれほど優しい顔をされているのだろう。
「少しだけですよ」
「少しでいいの!」
「そんなに紅葉が見たかったのですか」
「うーんと、……三成と、見たかったの」
「? 何か仰いましたか」
「う、ううん、なんでもないわ!さあ行こう!も、もう左近、あなたも行くんだよ、って、なんで笑ってるの!」
「いやいや、姫があまりにも可愛らしいもんでついね」
「左近、仮にも姫様だ。礼儀を弁えろ」
「仮にも、は余計よ!」
顔をまっかに染め上げられた姫の顔に勝る紅葉もないだろうとひとりごち、先を歩く主のあとを追う。
決して結ばれることのない2人だからこそ、この時を大事に過ごしていただきたく、そして俺はそれを見守らせていただきますよ。
このままずっと
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