「やっぱ、ここか」

 ふ、と影が差し込んだ。見上げなくても声でわかる。膝を抱え込んだまま、返事もせずに首を横に振った。新開くん、ちゃんとメール読んでくれたんだ。なんだかんだで優しい人だから来てくれるかななんてあいまいに思ってたけど、やっぱりきてくれるあたり、さすがとしかいえない。でも何となく釈然としなくて、じっと地面を見つめていれば、やがてふわっと大好きな新開くんのにおいが鼻をかすめた。新開くんは何も言わず、ただ、黙っている。いつも、そう。

「名前」
「……なに」
「帰ろうぜ」
「…かえらない」

 プイ、と顔をそむければ、新開くんは目を瞬かせていた。 付き合わされてるって思うなら、来なきゃいいんだ。ばーか。ばーか!

「ばかはおめさんの方だろ?」

 そんな私の心を読み取った新開くんは私のほっぺをつまんだ。痛い。

「…新開くんは帰ればいいよ」
「こんな時間におめさん残して一人で帰れるわけないねえよ」

 そういって、新開くんは苦笑した。フェミニストだなぁ。そういうところが好きで。でも、そういうところがきらい。

「どうした?」
「……べつに」

 いつも、そうだから。誰にでも、そうだから。だから、気になんて、したこと、ないよ。

「言いたいことあるならきちっと言えよ」
「なんでもないってば」

 若干、声を荒げて否定すれば、新開くんは驚いたように瞬きをした。

「言ってくんなきゃわかんねぇよ」
「だからわかんなくてもいいって」
「俺がよくないんだよ」
「…なんで」
「なんでって。好きな子のことは何でも知っていたいだろ、ふつう」
「…よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるね」

 恥ずかしげもなく。誰にだって。優しくて。だから好きになって、だから、同時に苦しいんだ。
 くしゃりと顔がゆがんだのと同時に、厚い胸板に顔が押し当てられた。新開くんの脈を打つ音が聞こえる。

「名前はバカだし単純だからさ」
「このやろう」

 回した腕で背中をつねれば、冗談だよ、とわらった。冗談じゃねーだろおまえ。

「いてて。そのうえお転婆ときた」

 そういえば前に東堂くんと話していたときに、『名前をからかうことが俺の生き甲斐だ』とか言っていた。きれいな造りをした顔―一般的にいえばイケメンの、それはそれはとても輝くんだから。

「だからおめさんの相手ができるやつなんて」

 そっと体は離れ、私をのぞき込むその厚い唇が言葉を紡ぐことを、私は待っていた。

「俺、しかいないんだろうな」

 バキュン、といつものお決まりのポーズと、こうして甘い言葉をささやかれて、私はひどく安心する。そうだよ、私はずるくて卑怯なやつなんだよ。


私はあなたに溺れているの

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