玉狛A級隊員/木崎いとこ

■ ■ ■



「ごめんね、京介。わざわざ送らせて。バイトの時間大丈夫?」
「まだ余裕あるんで平気っすよ」

 隣を歩く彼の見目は大変整っていたので、すれ違う女性はみんな目がハートの形を作って釘づけになっていた。だがボーダー隊員の顔である嵐山隊にも引け目を取らない彼は特に何も感じていないようで、普段と変わらない様子で黙々と歩いていた。少しの居心地の悪さを感じながらもその足取りに負けじと歩を進める。―まあ、彼のみでなく、周りの人たちの外見が整っているのは今に始まったことではないから、気にするだけ損だと自分に言い聞かせることにした。とはいえ中々顔をあげられないので、始終俯いたままだが。
 その時、自分に突き刺さるような視線を感じて顔をあげる。きょろ、と周りを見てみても、あえていうなら隣の彼を見ている視線があるだけで、特別自分に向けられているものはなかった。当たり前だが。気のせいだろうか、と視線を自分も周囲と同じように隣にうつせば、かちり、と歯車がかみ合うように視線があった。
 ぱちり、と瞬きをすれば、同じように瞬きをした彼の長いまつげが揺れた。

「でも」
「うん?」
「珍しいすね、名前先輩が家に帰るの」
「あ〜…、まあたまに戻んないと埃と虫の巣窟になっちゃうからね」

 ハハハ、とから笑い。夏に放置したときにはそれはそれは想像を絶する光景が広がってしまったので、それ以来こまめに帰るように心掛けている。―だが、ずっと居続けるには、思い出が深すぎていけない。しんみりと心の底が冷たくなっていく気がしたので脳内を切り替えて、立ち止まる。同じように彼も立ち止まった。どうしたんすか、と問いかける彼に笑いかけた。

「京介、ここでいいよ。もうすぐだし」
「や、家の前まで送ります。レイジさんからも言われてるし」
「うそ、いつの間に」
「出てくる前に」
「まじか」
「はい」
「レイジくんは過保護だなあ。もうそんなに子供じゃないのにね」
「レイジさんからしたら子供なんすよ」

 まいったな、と笑うと、彼も諦めてください、と微笑をこぼす。笑うとかっこよさが増すね、俺もっさりイケメンらしいんで、なんて軽口をたたきながら、再び歩き始める。
 歩道を夕焼けが照らしていた。ちらりと盗み見る横顔は、同じように夕日に照らされてやはり男前だった。

「…名前先輩、どうかしたんすか」
「えっ、いや、ごめん?」
「いや、謝られても」
「あ、あはは、そうだよね〜」

 その横顔をついじっと見つめてしまっていたらしく、この視線に気づいたらしい京介と目線があってしまって、ちょっと恥ずかしくなる。男前は見ているだけで目の保養になるんだよなあ。
 京介の視線が外れることがなくて、首を傾げると、彼は少し口をあけた。

「――レイジさんだけじゃなくて、」
「え?」
「いや…なんでもないです」
「気になるなぁ」

 ぽつりと、紡がれた言の葉が届くことがなくて、思わず首を傾げるけれど、彼はいつものクールな表情を崩さなかった。彼が小南をいじることは日常茶飯事なのでそのたぐいかと思ったが、どうやらそういうわけではなさそうなので、ひとまず飲み込む。

「…最近、楽しそうっすね」
「うん、うちに京介や栞がきてくれて、今すごくたのしいよ。今じゃ修や、遊真、千佳もいるし、…すごく幸せだよ」
「―俺も」
「ん?」
「俺も、先輩と一緒にいると楽しいから好きですよ」
「……」
「先輩?」
「…京介は無駄に顔整ってるんだから、冗談でもそういうこと言われたら恥ずかしくなる」
「冗談?」
「冗談でしょ?」
「…さあ」

 あつくなった頬を冷ますように手で頬を包むと、京介は静かに笑った。これはしてやられたな。全く、先輩いじりが好きな後輩である。

「…ここっすよね、先輩の家」
「あ、うん。ありがとう!…烏丸隊員。名字、無事に現着しました!」
「どういたしまして」

 ぴしっと敬礼してみるが、京介はつれなく手をあげるだけ。ちぇ、と口を尖らせても、やはり彼の師匠であるレイジくん譲りの無表情さは変えられなかったが、その動かない表情筋の中に生まれたゆるんだ目元に満足はできた。

「じゃあ俺バイト行ってきます」
「うん、頑張ってね。ほんとわざわざありがと」
「いえ。――さっきの」
「うん?」
「さっきの嘘じゃないっす」
「え?」
「じゃあ」

 私はしばらくその場から動けなかった。熱くなった頬を冷まそうとしていたのに、更に頬はあつくなっていく。彼の小南いじりをいつも間近に見ていたが、まさかこうして自分が対象になろうとは。
 ボーダー内でも彼は人気者だが、彼に夢中になる女性が後を絶たないのも分かる気がする、と苦笑をこぼして、家の中に入っていった。

手が触れる距離

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