急に立ち止まった少女は、ある1点を見つめていた。
 羨望のような、顰蹙のような視線の先を追ってみると、そこにいたのは幸せそうな兄妹だった。ぐずる妹を、なだめる兄の姿。瞬間、少女の苦痛の一切が自分に降りかかる。あの日のことが蘇り、胸が痛んだ。おそらく、彼女の心中を占めているのも、あの日の場面なのだろう。
 あー、と情けなく声を出す。今まで散々ジョークだの言えていたというのに、いざという場面で何も言えなくなる己を呪った。だが声に反応した少女は、緑色の大きな瞳を自分に向けた。首をかしげる仕草を見て、その手を自分の手で包み込む。随分と小さくて丸っこい手だった。きょとんとした大きな緑色の瞳が自分を捉え、やがてぎこちない笑みを浮かべる。敏い少女のことだ、自分の気持ちや思いなど全部お見通しなのだろう。慌てたように繕われた笑みに、先ほどとは違う意味で胸が傷んだ。付き合った時間は、やはり信頼関係に比例するのだろう。そう思わざるを得ないほど、この少女と過ごした月日は短かった。

「アイスでも食べて帰るか」

 その頬を指で撫で、こちらも首をかしげて問いかければ、少女は目を丸くしてから、すぐにチャーミングな笑顔を浮かべた。それは今さっき浮かべたものとはまるで違って、遠慮など何もない、心からの笑みだったので、こちらも笑顔を浮かべることができた。

「レディ、何味にします?」

 片膝をついて、恭しく尋ねれば、一瞬きょとんと丸められた瞳が楽しそうな色をつけた。だが少女の頭に浮かぶのはどれも魅力的なものばかりなのだろう。すぐに悩むように眉を寄せ、唸り始めた。

「うーんと…えっと…あ、ストロベリー……うーん…でもチョコも食べたい……うーんうーん…」
「なるほど、それなら俺がチョコにして、君がストロベリーにすれば両方食べれるってわけだ」
「おにいさん、いいの…?」
「その笑顔がみられるなら構わないかな」

 そう甘言を囁くと、少女は瞬きをし、それからはにかんで笑った。――大丈夫、俺が守ってやるさ。ふたり分のアイスの料金を手渡せば、軽やかにアイスパーラーまでかけていく背中を見つめ、そっと心の中で呟いた。


2014/05/13

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