人はどないして好きなものに対しては我慢できんようになるんやろ。神なんて信じんけど、ほんまにおるんやったら、どないしてそんなふうに人を作ったんやろ。名字先輩みたいに殊勝やったら、出来るかも分からんけど、俺は我慢できひん。名字先輩が目の前におるだけで、今にも理性がぶっとびそうや。だから、今まで俺が我慢してきたのは、おかしな話やねん。よう頑張ったと、自分を褒めたいわ。―――せやけど理由なんて分かっとる。全部名字先輩のせいや。名字先輩が、俺やなくて、部長ばかり見てはるから、俺と同じ思いやから我慢できたんや。
きっと先輩は無意識や。俺がいつしか先輩を見てるのと同じように、先輩もいつしか部長ばかり見てんねん。確かに部長はかっこええし、テニスもめちゃ強い。せやけど、それだけやん。部長は先輩のこと何も思っとらんし、いくら部長がかっこええからと言って先輩を幸せにできる保証なんてもんはどこにもない。…なんて、俺かてそうやん。心ん中で悪態付くだけじゃ、何も始まらん。そんなん、俺がよう分かっとる。
「名字せんぱい」
「あ、財前くん。さっき頑張ってたなぁ、見てたで」
「どうも。…また、部長見とるんですか」
「見、見てへん!」
「バレバレですわ」
まあ、そんなところも、かわええねんけど。
「そんなに好きなら、好きや言うたらどうです?」
先輩はどんなカオを見せるんやろ。真っ赤なカオして反論してくるんやろうな。なんとなく、そんな予想ができて、少しだけ悔しかった。自分で聞いといて、落ち込むって何やねん。自嘲気味に嗤って先輩を見れば、先輩はただ真っ直ぐと部長を見とった。
「そう…やな」
そう、はっきりとした声が聞こえ、カオをあげることができなくなった。
パコーン、パコン。部長と謙也さんがボールを打つ音だけが、俺の耳に残った。「浪速のスピードスターの方が上っちゅー話や!」「んんーっ!絶頂!」…変な声も聞こえたけど、聞こえんふりをしとく。自分でお膳立てしといて、何やのこれ。ただのバカやん。
「…好きやで」
「え、」
ドクン、と大きく胸が鳴ったんは、先輩の瞳がこっちを向いとったからや。名字先輩のカオは、今までにないくらい、赤く染まりきっていた。驚く俺を見て、先輩はさらにカオを赤く染め、それから深く深呼吸をしていた。
「…最初から、財前くんしか見てへんわ」
そのあと、迷惑やな、と苦笑して先輩は付け足した。俺は何も言わんと、その細い腕を掴んだ。今度は先輩が吃驚する番やった。自分の方へと引き寄せれば、硬直した身体が俺を包み込むような感覚に陥る。ああ、と思った。
「…絶対、幸せにしますわ」
俺のカオ、先輩と同じくらい、赤いんやろうな。そんなカオ、見られたくないわ。ぎゅ、と強く抱きしめれば、それに答えるように先輩も、ぎゅと抱きしめかえしてくる。
人はどないして好きなものに対しては我慢できんのやろ。好きすぎて、可愛すぎて、どないしてええか分からん。それくらい、名字先輩のこと、好きやねん。誰にも渡さん。途中で部長がええなんて言っても、絶対離さん。
「めっちゃ好きですわ、…名前せんぱい」
――私も。そうつぶやくせんぱいを、力強く抱きしめた。
「先輩ら」
「おお財前、どうしたん?」
「名前先輩、俺のですから、手ェ出さんといてくださいね」
「え、いつのまになん!?」
「今」
「やーん!うちの光にもとうとう春が来たんやね!」
「そうか、財前がなあ…せやったら、今日は赤飯やな!」
「ざ、財前に先を越されるとは…!」
「すんませんね、謙也さん」
「何なん?何の話なん?ワイも混ぜてーな!」
「財前が大人になったっちゅー話やで、金ちゃん」
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