「…あ、あのね」


ダントツで顔色が悪いことを自負している。私に声をかけられた荒北くんは、ンだよと眉を寄せて凄んできた。この元ヤン、めちゃくちゃ態度悪いぞ。思わず服の裾をつかみかけた私の手は宙に浮く。てかめちゃくちゃ顔色悪いこと分かってるよね、なのにこんな態度取るから女の子にモテないんだよ新開くんを見習えアイテテテテテテテテ!すみません!もう生意気なこと言わないから許して!ほっぺつねらないで!


「んで何ィ?さっさと帰りてェんだけど」


溜息をつきながらポケットに手を突っ込んで、私をじとりと見返す。それじゃなくても目つき悪いんだからそんな目つきしたら余計にってあわわわごめんなさい。


「あのね…」
「早く言えっつーの」
「う、非常に言いづらいんだけどね…、教室にプリント忘れたから一緒に取りに行ってほしいんだ…」
「ハァ?なんで俺がンなめんどくせェことしなきゃいけねェんだヨ。東堂に頼めよ、それか新開」
「そうしようと思ったんだけど見つかんないんだもん…」


あからさまに拒否を示されたら、それ以上は何もいえない。…仕方ない。一人で行くしかないのか。もう外は暗いし、何より今日の雷を伴う悪天候のせいでか、ふつう以上に校舎の方は不気味さを際立たせていた。ふるえる。けど、「ワッハッハ!仕方あるまい!一緒に行ってやろう!」と快く引き受けてくれる東堂くんはいないし、「別にいいぜ」と何も言わず一緒に行ってくれるであろう新開くんも見つからないし、荒北くんは拒否るし。どうしよう、どうしよう。ホラー系は苦手だからなるべく見ないように心掛けているのだけど、昨日たまたまやっていた心霊番組をたまたまチャンネル回したらやっていて、たまったま見てしまって。しかも学校系のホラー。今日一日一人にならないようにしていたのだ。


「ンでそんなにビビッてんだよ」
「…昨日怖い番組見たし…雷…なってるし」
「雷嫌いとかガキかヨ」
「うっ…。……わかった。じかんとらせてごめん。ひとりでとりにいってくる。ごめん」
「つーかプリントぐらい明日でよくナァイ?」
「よくない!明日じゃ間に合わない!明日当たるんだもん!」
「真面目チャン」
「もういいよ!どうして荒北くんが女の子にもてないかよくわかったから!!」


半べそ状態で言いたい放題言ってやった。悔いはないぞ。一瞬にしてほっぺつねられて、一瞬にして後悔したのは言うまでもない。うう、ほっぺ痛いし、心は憂鬱だし、なんてかわいそうな私なのだろう。真剣に自分の哀れさについて考えていたら、ガチャ、と部室のドアが開く音が聞こえ、恨めまがしい視線を送ると、彼は酷くめんどくさそうに私を見た。


「…オラ、行くぞ。さっさとしろヨ」
「えっ、うそ」
「行かねェなら俺帰るけどォ?」
「! 行く!いやあ、荒北くんって男らしいね!!ほんといつもそう思ってる!こりゃあ女の子放っておかねぇわ!!」
「ムカツク」
「いてえ!」


ガン、と頭を一発殴られたけど、一緒についてきてくれるという恩人に、反抗などしませんとも。えへへ、と思わず笑いが零れる。彼からはチ、と小さな舌打ちが聞こえたけれど、それは照れ隠しだってことが分かっている。もうツンデレなんだから。


「つーかこういう役目は黒田のモンじゃねェのォ」
「ユキは塔一郎たちとミーティングしてるって…。もう寮帰っちゃったみたい」
「チッ、ほんと使えねェな」
「あはは、暇な荒北くんとは違、」
「ついてきてもらってる身のくせして言うじゃナァイ」
「あいててててて」


だからほっぺ抓らないで!いたい!
そんな他愛もないやり取りをしながら校舎の中に入れば、悪天候のせいか、やけに静けさが際立ち、私は思わず身震いした。前を歩く荒北くんがいなかったらこの中を一人で歩かなければならなかったのか。彼の歩幅は自分のものよりも大きいから、おいていかれないように必死であとを追いかけた。


「…犬みてェ」
「へ?――わぁっ!」


チラッと私を見た荒北くんが何か言ったけど、ちょうど雷の音が鳴り響き、聞き取れないどころか、雷の音にビビった私は躓きかけ、目の前の青い生地の制服を掴むことで事なきを得た。


「ってェ!」
「あっぶなかった…」
「人の制服掴むな、皺になんだろーが!」
「ご、ごめん。でもちょうどいいところに掴むものがあってよかっ、た……ワッ」


ドン、という大きな雷の音に思わずまた身をすくめる。仕方ない。昔から雷の音が嫌いなんだ。おへそとられるって聞いてから、本当に怖くて仕方なかったんだ。私のおへそ、雷にとられちゃう。そういってユキに泣きついたのは遠い過去だが、その時のユキの顔がほんとバカにしていたから、ある意味雷が苦手っていうよりも、そのバカにされた顔がトラウマといっても過言ではない。


「たく、仕方ねェなァ」


一つ、それはそれは大きなため息をついた荒北くんが、ン、と骨ばった手を差し出してくれた。え?これは、掴まっていいってことなの?


「ほら」
「…いいの?」
「苗チャンに合わせてたら夜中になる」
「ウッ。…じゃあ、遠慮なく」
「プニプニな手だネ」
「荒北くんは骨ばっかだね。身体薄いと手も…って、イテテテテテテ力つよっ!!痛い!」
「主導権は俺が握ってンの忘れンなよ」
「元ヤ、…あたたたたた!!」
「ホント学習しねェヤツゥ」
「荒北くんって私のこと女だと思ってないよね?私、女の子だよ?もうちょっと扱い方とか考えてくれてもいいよね?」
「ア?」
「真顔で聞き返された!これはショックでかいぞ!」
「っせェ!ちったァ静かにできねェのかよ!」


ドン、と再び大きな雷の音が響いたけれど、ホラー番組のように目の前の道は暗闇で見えないけれど、私はそれに対して大して恐怖を抱かなかったような気がする。それは、つながった手が温かかったからかもしれないし、窓外で光った稲妻に照らされた彼の横顔が、少しだけ優しかったからかもしれない。

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