「あ、な、何か飲み物でも……」
「いや……いいっショ」
「あ、そ、そーですか……」


このやり取りを続けて早三十分は経過したのではないだろうか。先程からとても気まずいしとてもお尻がもぞもぞする。チラリと壁にかけられた時計を見てため息を零さずにはいられなかった。実際のところ、気まずさを感じ始めてからまだ10分程度しか経っていなかったらしい。


「……えっと」
「……」


見知らぬ人というわけではないし多少なら言葉を交わしたこともあるのでとタカをくくっていたのだが、それは私と彼の共通点を挟んでの会話であることが前提だ。彼もとても戸惑っているように視線をあちらこちらに向けているし、私は握りしめた手のひらがじっとりと汗をかき始めたようで気持ち悪かった。


「……なんか、悪いな」
「へっ?」
「気、遣わせてるっショ」
「そ、そんなことは……あるけど、でもそれは巻島くんのせいじゃないよ……!」


もともとさがり気味だった彼の眉はまた一段と眉間にシワを寄せながら下がっていく。慌てて首と両手を一緒にふって、この状況を作り出した張本人を恨んだ。
すまんが用事を思い出した、すぐ戻れるとは思うがその間2人で待っててくれ!ああ、安心してくれ巻ちゃん。榛名は普通の女子とは違って遠慮などいらんし、扱いやすいように扱ってくれて結構だからな!だからといって不純な行為は許さんぞ!と早口にまくしたて、彼は急にこの場から消え去ったのだ。自由すぎてグウの音も出ない。
奇しくも冒頭に戻れば、気まずそうに眉を下げた巻島くんは、やはり気まずそうに頬をかいていた。


「東堂っていつもああなのか」
「えっと、えーと、お察し…の通りかな」
「……お前も苦労してるっショ」


ぽり、と頬をかいた巻島くんはやはり眉を下げて居心地悪そうだった。
私とて毎日のように巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃんと聞かされていて、更に時間を見つけては巻島くんに電話している姿を目撃しているのだから、彼がどれだけ東堂尽八という人間から被害を受けているかは理解しているつもりだ。あまりの巻ちゃんの名前の出の多さに最初は激愛する彼女かと勘違いしたほどだ。


―唯一無二という意味では違いないが、巻ちゃんは彼女などではないな。そもそも巻ちゃんは男だ。
―え!あっ……なんか、ごめんね。言いにくいこと…だったよね、わ、私はそーいうの偏見ないから!誰にも言わないから!応援するよ!!


とんだ勘違いをかましてその後ユキに叱られたのは言うまでもない。そのことを思い出して渋い顔をすると、巻島くんも渋い顔をした。きっと東堂くんにされてきた数々の愛情という名の迷惑行為を思い出したのだろう。


「3年間同じクラスだからね…受け入れるしかなくなるというか」
「なんかもう仕方ねぇかって気がしてくんだよな」
「わかる!半分諦めなんだよね」
「こっちが根負けしちまう感じっショ」


思いの外、東堂尽八の話題で盛り上がった。主に如何にして東堂くんをスルーするか、という議題だったが、結果として彼にはスルー自体効果がないことが知れた。どれだけ無視を極めようとしても怒涛の東堂コールにはこちらが負けてしまうからだ。
そんな話を繰り返すうち、ふ、と巻島くんが口を閉ざした。


「どうかした?」


問いかければ下がり眉をぎゅ、と寄せて、ぽつりと一言。


「……東堂が言ってた意味、なんとなく分かる気がしたっショ」
「え?」
「なんとなく、落ち着くっつーか、話しやすいっつーか……」


少し照れたように頬をかいて、やはり眉を寄せていた。普通にこっちが照れる。
奇抜な髪色と人見知りな性格のせいで少し変な印象を抱きがちだが、彼自身とても整った顔をしているのだ。そんな人に落ち着くと言われて照れない方がおかしい。


「もし私で良ければお話きくから!いつでも言ってね」
「…おう。ありがとな」


だから調子に乗って食い気味にガッツポーズ見せれば、巻島くんは驚いたようだったけれど、少し照れたように笑ってくれたので私は満足だった。


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