今日は、天気がいい。空は、雲一つもない。程よく吹く風が、頬を撫でて気持ちいい。ポカポカとしたこの気候が、一年の中で一番過ごしやすい。スカートは少しタイト目なものだから、ヒラヒラはしない。それとは反対に、一つに束ねた髪の毛が風に踊らされている。
鼻歌が出るほど気分が上がるが、学校が見えてくると、どんどんと現実に引き戻される。学生は少ないが、先生たちが忙しそうに渡り廊下を、行ったり来たりしている。
春が来たと分かって、咲き乱れた花たちが、赤、オレンジ、白と学校の校門を彩っている。合わせて、学校前の道路に植栽されたサクラが満開だ。思わず見惚れてしまうほどの美しさに、語彙力が乏しくなる。空を地として、その上に図として重なるサクラが綺麗だ。

こんないい日には、屋上に行くべき!

誰かに教えてもらったわけではなく、本能がそう言う。思わず小走りで駆け出す私は、まだまだ子供。でも、きっと私だけではない。

そう確信をして、ワンポイントで学年カラーの入った青い上履きにすぐ履き替えて、屋上に続く階段を一目散に駆け上がる。一段一段上がるにつれて、気持ちが高まっていくのが分かる。そのままの勢いで、バンっと屋上の扉を力強く開け、「今日で!春休みが終わってしまう!!」と叫んでみる。廊下にも屋上にも、私の声がよく響く。

「うるさいっすよ、名前先輩!!」

ぐるんと顔をこちらに向けて、しかめっ面で見てくる赤也。
やっぱりみんないる!と思いながら、左からブンちゃん、赤也、仁王を見る。
ブンちゃんなんかは、目の前にあるお菓子に夢中すぎて、私という存在に気づいてるかさえ分からない。仁王は屋上のフェンスにもたれ掛かりながら座って、右脚を立てて腕置き場にしている。そして、私から顔が見えないように、屋上から見えるテニスコートの方を見ながら、肩を少し震わせている。

「さ、さーせん」
「後輩に怒られとるのう。それに、もうちょっと女の子らしくドアを開けんか」

屋上にいるにはいるけど、テンションが高いのは私だけなのではと、恥ずかしくなる。さっきのワクワク感が嘘のようになくなり、大人しく三人に近づいていく。嬉しくも1人分ちゃんと空いているブンちゃんと仁王の間に座り、いそいそと朝ごはんを用意する。

「こやつは後輩として認めていない。もはや同期」
「それは喜んでいいことなんすか?」
「バカ言わないでおくれ。そんなことないでしょう」
「え、だって親しみやすいってことっすよね?」
「ああ?誰が親しみやすいって言った、こんにゃろう」

舐めとんのか、と言いながら、同時にバリッとパンの袋を破く。
会話がヒートアップしていけば、左隣にいたブンちゃんがお菓子の袋を開けて並べながら、「落ち着けい、名前。ついでに言うと、舐められまくりだろい」と言った。

ひゅーっと左から流れてくる風と共に、聞き捨てならないことをさらっとブンちゃんは言った。合わせて、チョコの甘い匂いとか、スナック菓子の独特な匂いがする。
言葉にも匂いにもやれやれと思い、手を動かし「はあー。これだから最近の若者は……」と呟く。ついでに、顔を左右に軽く振る。

「名前も若者じゃろう」
「滅相も無い」

正直なところ、私は人より流行に疎い。
こんなことだから、この前友達と話していた時にもおじいちゃん認定をされた。おばあちゃんでもない、おじいちゃん。性別まで変わっちゃうなんて、このまま生きていていいのか、私。

「じゃあおばさんっすね。」
「赤也は一旦黙ろう。」

せめてそこはおばあちゃんだろって心で思いながら、赤也に喋るの禁止令を出す。
口をとんがらしてえーっと不満を漏らす。

「名前先輩と喋れないなんて寂しいっすー」
「そんなこと言ってまた適当なこと喋ろうと思ってんだろ。こんにゃろう。こんにゃくになってしまえ」
「こんにゃくってなんすか。名前先輩ってやっぱ意味わからないっすよね!」

笑顔で、言ってくる赤也。可愛い。けれど、こう言う子ほど、少しぐらい適当に扱わないと調子に乗ってしまうので、ちょっとだけあたりを強めにしておく。というかちょっと待て、意味分からないとか言うな。

そんなところに、眠そうな仁王が「どちらかというと、ワカメになった方が面白いじゃろうなあ」とポツリと言う。

瞬時に、私は赤也の髪型に視線がいく。赤也の髪の毛が全てワカメになったら……毎日磯の香りがするのか、とか意味の分からないことがポンポンと浮かんでくる。じわじわとくる笑いを、顔に出さないように堪える。

落ち着け、私。心を無にするのだ。

しかし、こう言う時こそ、何故だか有り得もしない想像だけが、どんどんと広がってく。それに、笑いがこみ上げてくるのを堪えられない。一度思い出してしまった磯の香りが、鼻から離れない。乾燥したらすごい収縮して、カピカピになるのだろうか。雨が降ればロン毛に……。

とりあえずバレないように、必死でパンを頬張る。口元が震えてしまって、食べづらいったらありゃしない。

「今の話の流れからなんでわかめ出てきたんですか!仁王先輩といえど容赦しませんよ!」

赤也の少し張り上げた声に、ハッとする。ちょっと怒り口調で言いながらも、楽しそうに話す赤也。赤也は反応が面白いから、仁王もいじるの楽しいんだろうなあっとボンヤリ考える。

ニヤニヤしながら、「おー、こわいのう」なんて絶対に思ってもいないことを、言っている。
赤也は、「絶対思ってない!!」と言いながら、びしい!っと仁王を指差す。

そうそう、こんな感じでね。でも赤也さんよ、人を指差しちゃいけませんよ。

とりあえず、私は朝ごはんのパン一枚を食べ終えて、ブンちゃんのお菓子を狙っていた。ブンちゃんは二人を置いて、もっさもっさと口に頬張ってお菓子を食べていた。ハムスターか。

「ブンちゃんよ、お菓子欲しい」
「ん?全然やるよ。何が欲しいんだ?」
「あ、ずるい!俺も欲しいっす!」
「俺も欲しいのう」
「お、仁王がお菓子欲しがるとか、珍しいじゃん」

確かに、いつも貧相な食生活してるもんねえ、とポツリと言う。
そんな独り言が仁王には聞こえていたらしく、こちらを見て怪訝な顔をして言う。

「貧相言うんじゃなか。名前に成り代わって、幸村にちょっかい出してきちゃる」
「やめておくれ!!誰得にもならない!!」

“幸村”と言うワードに寒気を感じる。ちょっかい出すことで、仁王となぜか私も、説教と言う名の圧力を受けることが目に見えている。そんなこと、ごめんだね。きっと仁王も本気ではなく、私のこの”幸村”というワードを聞いた時の反応を楽しんでるんだろう。

「というか、仁王って女子にすらなれるの?」
「もちろんじゃ。詐欺師に出来ないことはないんじゃ」
「いや待てよ。仁王が、私に……?やめてよ、本物より美人が出来上がるじゃん。生きるの辛くなっちゃうから、そういうのはダメだよ。ばーかばーか」

自分で言っていて悲しくなるが、事実は事実。認めざる得ない。だけどちょっとだけ悔しいので、悪態を添えて。なんかの料理みたい。それなのに、仁王の表情は柔らかい。

「頑張って貶してるのう」
「嫌だ、褒めるだけ褒めて悲しくなるのは嫌だ」
「素直になりんしゃい」
「素直になれないお年頃。それが15歳」
「そんな子に育てた記憶はないぜよ」
「こんな人に育てられた記憶もない」
「おーい、お前らお菓子いらないのかー?赤也がめっちゃ食べてるぞー?」

はっとした時には、もうお菓子は残り少なく。私の大好きな大好きなポッキーすら、無くなっている。このワカメ頭が恨めしい。キッと赤也の方を見ても、お菓子に夢中になっていて気づかない。赤也は、私よりお菓子のようだ。くそう、やけ食いしてやる。そんな量ないけど。

「私としたことが、お菓子よりも仁王に気を取られてしまうとは…不覚!」
「俺の話術にかかったぜよ」
「ばーかばーか!」
「さっきから思ってましたけど、名前先輩って悪口が小学生レベルっすよね」

ここで、やっと赤也は反応した。なんで悪態吐くときは、すぐに反応するんだよ、泣くぞ。誰が小学生じゃ。
そんなことを考えていると、ブンちゃんが「結局仁王はお菓子、何か食べるのかよい」と声をかけた。

「遠慮しておくぜよ」
「え。食べるって言ってなかったっけ?」
「あー、もしかしなくても、名前の食妨害してたんだろい?」
「正解じゃ、そうなり」

ニヤリと笑う仁王。ボーゼンとする私。
食妨害。ショクボウガイ。

「……ばーか!!仁王なんて、全世界の猫に嫌われてしまえ!!」
「それは悲しいのう」
「仁王のこの、人を小馬鹿にした顔がはらたつのり……。余裕のある顔しちゃって…ぬあああ」
「名前先輩、お菓子なくなるっすよー」
「わしのお菓子!!」
「名前のじゃねえから!」
「マリアナ海溝の底からお詫び申し上げます」

その場で正座に足を組み替えて、ブンちゃんありがとーと言い、ポッキーではなくプリッツを二、三本一気に頬張る。やけ食いだ。

「今日もみんな元気じゃ」
「私は仁王のせいでもう疲れた。」

プリッツをもさもさ食べていて、あることに気づいた。
仁王は、いつも朝ごはんを食べない。けど、今は午前10時34分。もしかして、この子はお腹に今何も入っていないんじゃなかろうか。

「ひほう、はさふぁにかはへたほ?」
「仁王、今日もかっこいいね?名前、そんなこと言うようになったんじゃな〜。おませなり」

きゃあ、恥ずかしい!とでも言うように、女の子らしくしっかりと口に手を当てて仁王が言う。ゴホっと喉がなり、お菓子をむせそうになる。慌てて私も、別の意味で口を手で抑えて、落ち着きを戻そうとする。私の顔を覗き込みながら、ニヤニヤしてるお前の方がませてる。もちろん、私はそんなこと一言も発していない。

「ばかやろう!人の心配を返せ!!というか語感が全然違うだろ!」
「うるさいぜよ」

間近で大声を上げられて、今度は呆れたようにこちらを見る。誰のせいだと思っているんだ。ごほん、と一つ咳払い。

「元は仁王のせい。で、なんか食べたの?」
「食べとらん」
「あーいつも」
「いつもだな」
「いつもっすね」
「だから虚弱体質って言われるんだよい」

みんなから、総攻撃が掛かる。仁王に対して、こういうのはなかなかないからレアだ。この際、言葉のフルボッコだ。

「……言われたことないぜよ」
「仁王……これ食べて元気出せよ」
「仁王先輩……これ食べて元気出してください」
「おい、それ俺のお菓子」
「テヘペロ」
「うぜえ」

やっぱり赤也は一回、海という名の実家に帰った方がいいのでは……とぼんやり考えたが、流石に言うのをやめた。
さっき考えてたって、バレてしまう。

「俺はカロリーイート食べるき、大丈夫なり」
「仁王、それじゃあ不健康まっしぐらだよ」
「じゃー、誰かお弁当作って欲しいのう」
「だってブンちゃん」
「パス」
「じゃあ赤也」
「朝起きれないのでパスで」
「じゃあ、名前はどうなんだよい」
「面倒いからパス」
「みんなひどいなり」
「自分で作る。これ鉄則」
「じゃあ、これは誰が作ってるんじゃ」

と言いながら、パンを食べ終えた空袋の横においてあった私のお弁当箱を、ひょいと取り上げ、お弁当の中を物色する。

「まいまざー」
「自分じゃないんか」
「まいまざー優しいから……あー!唐揚げ取らないでよ!仁王はこれ食ってろ!!」

私は自分のお弁当を死守するために、手に持っていたプリッツを仁王の口の中にねじ込む。喉に刺さる?んなことは知らない。まいまざーの手作り弁当(冷食)を、食べようとした罪は重い。ブンちゃんは「だから俺のお菓子!!」などと叫んでいる。すまん。君のプリッツは、私のお弁当を死守するために、仁王の口の中へと旅立っていったよ。

「ふー、ご馳走様!」
「お粗末さまでしたー」
「丸井先輩、お菓子ありがとうございました!」
「ありがとうブンちゃん〜」
「ん!いいぜ、またお菓子パーティーしような」
「もちろんだよ!」
「よーし!ご飯もお菓子も食べたから、テニスしませんか!」
「消費しないとなあ」

私は楽器でも吹いて、消費しようかな〜なんて考えながらお弁当箱を片付けている。ふと、赤也がこちらを見て問いかけてきた。赤也が首を傾げて、髪の毛がふわふわと揺れている。

「そういえば、名前先輩って楽器で応援みたいなことできるんっすか?」
「もちもちのもち」
「えー!じゃあテニスの応援それやってくださいよ!」
「君はテニスの客席で、そんなことができると思っとんのか」
「確かに、楽器演奏してる人いないっすよね」
「テニスは、あのボールを打ち返す音を楽しむべきだと思う」
「名前先輩がまともなこと言ってるっす……!!」
「舐めてる」
「まあ名前だしなあ。舐められるのもわかるぜい」
「プリッ」
「誰もフォローしてくれないと言う事実。悲しみに暮れるぜ」

少しむくれながら、お弁当箱を少し乱雑に風呂敷に包む。
それを鞄にしまいこんで、残りのお菓子のゴミをビニール袋に詰め込む。

「というか、今までに俺たちの試合見にきてくれたことあります?」
「君たちのテニスは見ていられないよ。私のキャパシティ爆発しちゃう」
「脳みそ小さいのう」
「おい誰だ、今脳みそ小さいって言ったやつ」

「俺だぜい」とブンちゃんの声が、右隣から聞こえる。もちろん、ブンちゃんは2人もいないので、仁王が声真似でもしたんだろう。当本人の仁王は、フェンス越しにグランドやらテニスコートやらを見つめている。一つに束ねた銀色の髪が風に吹かれて、顔にビシビシ当たって邪魔そうだ。髪の毛は正直、なんてね。

「おい!擦りつけんな仁王!お前だろい!」
「まあ、のうってつけながら喋る人なんて一人しかいないしね」
「まーくん悲しいなり」
「脳みそ小さいって言われて、名前悲しい」
「ごめんだぜ」
「誰だよ」

仁王の口癖がアデューしたことに驚きながらも、片付けが終わる。
みんながよっこいせと立ち上がり、歩き出してブンちゃんが初めに屋上の扉に手をかけ、赤也、仁王と次々に屋上を出て行く。
私は一番最後に立ち上がり、ゴミがないかを確認しながら屋上の扉に向かう。
ビュンビュンと風が吹いてくる。強くなってきたな。こんな中でテニスするの、みんなすごいな。

階段を降りながら、ぐーっと伸びをする。どうも地べたに座ると背を丸めてしまうので、体がバキバキになってしまう。
伸びをすれば、少しだけあくびが出てくる。
それにしてもいい天気だ。こんな日が毎日続けば、とても楽しいだろうに。

「明日から学校やだなー。」
「でも春休みも部活であんまり変わんねえだろい。」
「んまね。」

けれど、やっぱり部活に時間を割けられるのは本当にいい。
自分の好きなことを一日中することができるのは、一番の祝福な時間だと思う。
ああ、楽器吹きたいなあ。みんなで合わせもしたいし、自分1人で納得いくまで吹いていたい

「サボろうかのう。」

仁王がぽそりと呟いた言葉を、私は聞き逃さなかった。
もちろん、私もサボりたいから。

「お、その話乗った。」
「よし、明日ゲーム持ってきんしゃい。」
「お、じゃあ俺はお菓子持ってくるぜい。」
「えー!俺、棟が違うから出るタイミング難しいっすよー!」
「じゃあ時間決めようず。」
「名前先輩、ありがとうございます!!」
「よかろうよかろう。」

次々とみんなが話に乗っていく。
こんなノリのいい、この三人が大好きだ。もちろん、みんな違うよさがあるからみんな大好きだけどね。
ブンちゃんは風船を膨らましながら、頭の後ろで手を組み、鼻歌なんか歌っている。

「んー、10時からでいいんじゃなか?」
「始業式真っ最中じゃん!!」
「始業式面倒なり。」
「いうて分かる。」
「でも、一番紛れやすよなあ。」
「立ちっすもんね。適当に詰めてくれれば、誰がいないか分からないですもんね!」

赤也が先生もそこまで見てないっすよ!と言うと、仁王はニヤリとして嬉しそうに言う。
今までに見たことがない、楽しそうな顔。

「決行じゃ。」
「よしゃー、また屋上でいいよね?」
「もちろんだろい。」

「あー、柳先輩に見つかるのが一番怖いっすねー」と赤也は呟くが、今の私たちにとって柳くんは敵ではない!
でもそういうことを言うと、だいたいフラグを回収してしまうのが怖いよね。
だからなんとしても、ここはフラグをへし折らなければならない。これは使命!

私は心に誓いながら、明日のサボり作戦を心待ちにした。
気がつけば白い線が際立って見える、綺麗に整備されたテニスコートについていた。

「……あれ?なんで私ここにいるんだ?」
「何にも言わなかったから、こっちに用事があるのかと思ったぜい」

えええええ!と驚く。今までの会話はなんだったんだ!

「私!楽器!校舎の方だから!こっちに用事はない!」

ぴたりと足を止めて、元気よく右手を挙げる。
「また明日ね!楽しみにしてる!」と言えば、ゆるーくみんなから「じゃあなー」とか、「遅刻するんじゃなかー」という声が聞こえる。顔をちゃんと見て、手を振り返してくれるのが嬉しいよね。アデュー!って叫びたくなるね。
くるっとみんなとは反対方向を向いて、軽い足取りで校舎へと向かった。

今日は楽器を吹くのが捗りそうだ!
帰った後はきっとワクワクしすぎて、夜も眠れなくなってしまうんだろうなあ!


なんて思っていたのに、結局楽器を吹きすぎたせいで、夜ご飯を食べてお風呂に入った後はぐっすり寝てしまいました。
ま、そんなもんだよね。


2019.05.26
微妙に続いちゃうよ