春風に惑う


「……うるせぇなあ」

 天井に付く程の高さがある大きな棚には、何処の国のものかも知れない鮮やかな背表紙の本と用途の分からない様々な調度品が並んでいる。

 壁には名も知らない画家の作品や洋燈ランプ。他にも何が入っているかも分からない、大小様々なキャビネット。少年と少女の間にあるローテーブルには飲みかけの紅茶一式ティーセット
 そのどれもが年代を思わせる品々であり、恐らくこの部屋にある調度品を売れば暫くは食うにも困らない生活が送れる程だ。

「そうかしら」

 部屋の主である少女は手元の本の頁を一枚捲って、それから我が物顔でソファに寝転んでいる少年に目をやった。

「静かな方が好き?」
「どっちだって構わねぇよ」
「そう」

再度本の世界に戻ろうとして、止めた。
「中也」
彼の名を呼ぶが返事は無い。
 代わりに気だるそうに半分程伏せられた瞼の間にある、晴空の瞳が此方を向く。

「お前、もしかして暇なのかしら」
「そう見えるか?」
「えぇ、とても」

 中也は緩慢な動きで上半身を起こし、相変わらず微笑むだけの深透をじぃっと見詰める。

「なあに」

 誰が何時睨んでも凄んでも笑んでいる。まるでそれ以外の表情を知らないのではないかと思う程、深透は常に笑んでいる。

 だが読めない訳では無い。
たかが一年足らずの付き合いではあるが、誰よりも彼女が浮かべる笑みの機微に聡くなってしまったから。

「ご機嫌だな」
「お前がいるからね」
「気が善い事ばっか云ってんな」
「こんな事に嘘吐いて如何するの」

 これは少し怒っている時だ。左の口端が右よりもやや上がっている。
それに異能を帯びた深海色の髪がゆらりと大きく波打って、空気を叩いている。異能力者故に起こるそういうもの・・・・・・、と認識している者は多いが、その動きが彼女の感情を表面化させている事に気付いている者は少ない。自身と、腹立たしいがあの包帯野郎くらいだろう。

「中也もご機嫌でしょう」

 親指と人差し指で輪っかを作り、そこから覗かせる灰が混じった薄紫の瞳を悪戯っ子のようにきらきらと瞬かせる。

 深透もまた、中也の事は誰よりも見ていて、聞いていた。
交わす言葉数は少ないが、その節々は柔く、ぶっきらぼうに答えるが声音は跳ねている。二人だけの空間で稀に見せる木漏れ日のような暖かな視線。それが愛おしいものを見た時の自身と同じ色をしているのに気付いたのは、割と最近だった。

 仕草、視線、声音。そのひとつひとつで心の臓の音が大きくなるだなんて、全くどうかしている。
心地好いのはお互い様のようで、ふと絡んだ視線に二人は楽しげに声を零した。


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