他愛なく揺れる朝に
ふ、と意識が覚醒する。自身の喉から声にならない音が漏れるのを遠くに聞きながら、サイドテーブルにある携帯を手繰る。カーテンの隙間から零れる朝日に目を細め、カパリと携帯を開けばメェルが二件。時刻は6:52であった。
携帯をサイドテーブルに置き直し、枕に顔を埋める。深透が起きたことに気が付いたらしく、彼女の隣で寝息を立てていた中也がもぞもぞと身動ぎ始める。「ン"ー……」と唸って、それから彼は未だ開けきらない瞼の隙間から晴れやかな青を覗かせた。
「……はよ」
「おはよぉ。まだ寝てて良いわよ」
「んや、おれもおきる。何時だ」
「七時前。今日夜からでしょう?もう少し」
「起きる。飯食おーぜ」
上半身を起こして、ネグリジェの胸元の
調節紐を直す深透の膝にぼすんと中也の腕が乗る。その腕を退かす前に、自身の元へ抱き寄せるように深透の腰へと中也の腕が巻きついた。
「邪魔」
「起こしてくれ」
「面倒ぉ……」
「オイ俺にも優しくしろ。甘やかせ」
ハァと呆れたように溜息を吐きながらも、深透は「こっち向いて」と自身の腹に顔面をぴったり付けてる中也を剥がして、その額にちぅと口付けを落とす。
「……情けない
表情しちゃって」
「喜べよ、それ見れんのは特権だろ」
「よく云うお口だこと」
「塞げンのも深透だけだぜ」
「調子乗らないで頂戴」
中也は深透の太腿を枕にして満足そうに頬を緩めている 。そんな彼の髪を指先で軽く梳いてから、今度こそ深透はベッドから降りた。「あ"ー……」と惜しむように深透がいた布団の上でうつ伏せになる中也を怪訝そうに一瞥して、さっさと隣室にある洗面台へ向おうとする。が、それは中也が伸ばした腕によって失敗に終わった。
「なぁに。随分甘えるじゃない」
「ンだよ。駄目か?」
「駄目。今日商談なの」
「俺も行っていいか」
「駄目に決まってるでしょ」
「駄目ばっかだなァ」
中也に掴まれた腕を引っ張ってやれば、彼は緩慢な動作で、深透の腕を頼りに起き上がってようやくベッドから降りた。
ちゅ、と態とらしく可愛らしいリップ音と共に深透の首筋に柔い感触が降る。それが彼の唇だと分かり、ぽぽぽと見えている素肌を赤く火照らせた深透を見て、中也はまた満足そうに、今度は普段見せる煌煌と不敵な笑みを見せた。
◆◆◆
「あら」
「どうした?」
「商談無くなっちゃった」
フライパンの上でジュウジュウ焼かれる目玉焼きをつつきながら、深透は携帯の画面をじぃっと見ている。ざく切りにしたトマトをサラダ皿へと移しながら、中也は「ふーん」と興味無さげに言葉を返した。だがその口端はゆるゆると上がっている。
「じゃあ今日休みか」
「まさか。」
その続きを話そうと彼の方を向いた途端、タイミング良く小気味良い音と共にこんがり狐色に焼けたパンがポップアップトースターから飛び出した。
「元から五分五分だったの」
「何がだ」
「商談になるか、抗争になるか」
「そりゃアまた物騒な話だな」
話しながらも中也はサラダが盛られた皿を片手に、空いた方の手で器用に取り皿と二人分のナイフとフォークを食器棚から取り出した。それらを白いクロスの敷かれた食卓へと運び、慣れた手つきで整えていく。
トーストの上に焼き上がった目玉焼きをぺろんと乗せながら、深透は言葉を続ける。
「当初の利害は一致していたのだけどね、彼方様が欲を掻いて私の部下に別の交渉を持ち掛けたのよ。本当に困っちゃうわ」
「手前ンとこの部下に?冗談だろ」
「私も報告受けた時笑っちゃった」
思い出してくつくつと笑いながら、深透は出来上がった朝食を食卓へと運ぶ。支度が整い、二人が席に着いたのはほぼ同時だった。
「だから商談から抗争に変更なの」
「制圧の間違いじゃねーの」
「まあね。とは云え一度は商談としての形を取って首領へ報告したものだから、ある程度利益は頂かないといけないし」
「手伝ってやるよ。ンで午後からどっか行こーぜ」
「なーに云ってるの、夜仕事でしょうに」
「大したモンじゃねェからいーんだよ」
「あら珍しい。会食?」
「いンや視察。なァ俺居た方が早く終わんだろ。深透の部下に混ざれば良くね?
衣装部屋に黒のスーツあるよな、貸してくれよ」
「……わかった、午後までには終わらせるから大人しくしてて頂戴」
サラダに盛られたトマトを口に放り込みながら、深透はじとりと呆れたように中也を一瞥する。七年と少しの付き合いであるが、「早く終わらせろよ」と少年のように屈託なく笑む姿は変わらない。
業ばかりが深く、汚く重なる中、かつて少年だった青年は変わらず深透を煌煌と照らす。それはまた淑女になった少女も同じく、彼女が仕方なさそうに花を綻ばせば、中也は陽だまりの中にいるような心地に目を細めた。