少女は生者を編む
其の室内には森と深透しか居ない。
壁沿いに並ぶ本棚は窓から射し込む太陽の暖かな光に照らされており、外ツ国の文字で書かれた背表紙がきらきらと反射している。入れたばかりの紅茶の香りが仄かに漂う、穏やかな日和。其の空気に水を差したのは森の言葉だった。
「深透くんの異能は人間にも有効なのかい?」
唐突な一言だった。
確かに深透の異能力は水操作、それも含んでいさえすれば
不純物であろうが問わない。好んで操作対象としているのは海や川、雨などの水を主としてる物質ばかりだが、それは単に「操作し易いから」という理由だけである。
それは森も知っている筈だ。きょとんとして、考える素振りをした後深透は淡々と答える。
「生身である限り有効です」
「……そうか」
例えば機械を持つアンドロイドなんて
人間がいれば、それは操作不可である。だが生身の、血が通った人間であれば深透の掌の上で踊らせるのは造作も無い。
森は紅茶を一口、喉に流し込むと沈黙した。
質問の意図が掴めず、深透は首を傾げて眉を顰める。
夜のヨコハマを牛耳る組織の長が考える事は得体が知れない事が多く、同年代の中でも比較的聡明な部類に入る深透ですらその真意を探る事は難しい。
「軍隊は作れそうかな」
「無理だわ」
漸く森から放たれた言葉を深透は即座に切り捨てた。
そして続ける。
「軍隊というのは規律が無くては成り立たないもの。私が出来るのは"操作"。精神までは蝕めないわ」
あぁでも回れ右くらいなら出来るのかしら……と考え込む深透を見て、森は、ポートマフィアが首領は微笑んだ。
目の前にいる"強さ"への執着でいっぱいの少女は、滅多に他人への興味を示さない。自身の為にしか異能を使わない。
故に森がかつて編み上げ軍に奏上した論文の話をした所で「分野外だわ」と鼻で笑うのだろう。
「なに、只の興味だよ」
「厭ァな興味ね」
そう云って深透はソファの背もたれにゆっくりと沈み、ぶわりと昏く
涅い気迫を放つ。未だ殺気には遠いが、それでも常人であれば膝を折り、心から懇願するような恐怖心を植え付けられる。それだけでも充分マフィアに相応しく、今後の成長が末恐ろしい。
どうやら深透自身を
使うのではなく、軍隊を作らせて使おうとした事がお気に召さなかったらしい。目元まで垂れた前髪から瞳を覗かせ、静かに森を射た。
「鴎外叔父様、私はもうポートマフィアの人間よ。軍隊は要らない、
此処で私達が保つ秩序は論理的な暴力で守るものだわ」
「……気は強いんだけど何か違うのだよねぇ」
「出たわねロリコン」
あと数年若くてもっとこう……と森が己の趣味を力説する。
「光栄だわ」と口元に指先を添えながら笑う深透は、先程の鱗片を潜めて既に普段の調子に戻っていた。