登場人物設定
真経津晨一郎:大学生で銀行の地下賭博場に現れるギャンブラー。人間ボウリングが趣味で、ストレスが溜まると人間をピンに見立ててボールを全速投球する危険人物。一人称は僕だが、本気を出すと「俺」になり、目の色がトランプそっくりな赤色に変わる。
獅子神敬斗:アメリカ人。銀髪のイケメン。昔は貧乏で、段ボール肉まんを食べていた。気分が高揚すると「Hey!」や「Come on!」と英語をしゃべり出す。


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死んだと母から聞かされていた父が実は生きていると知ったのは、母の葬儀を終えた半年後、遺品を整理していた時のことだった。
私の実の父——スナイダー氏が居を構える邸宅近くに、ちょうど母方の祖母が学生向けに安く貸し出している借家の一つがあったので、私は高校入学とともにそこへ移り住むことにした。父を一目見たかった。欲を言えば、幼い頃に受けられなかった分の愛情を受けられたらと期待した。
そして自分の浅はかな期待を後悔した。スナイダー氏には子どもがいた。今年で10歳になる子どもが。この前行われた射撃大会で優勝したのだと、スナイダー氏の息子は地元紙でその名前を大きく報じられた。

スタンリー・スナイダー。

美しい子どもだった。神が天使を作るならこの姿を与えただろうと誰もが思うような、美しい貌の少年だった。
彼の——弟であるはずのその少年の顔を見た瞬間、母と私はもうずっと前に父に捨てられたのだと唐突に理解した。
美しい母から生まれ、父からの愛情を受けて育ったに違いない弟、スタンリー・スナイダーのことが、途端に憎くて憎くてたまらなくなり、私は手にしていた新聞をビリビリと破り捨てた。





「ナマエ、アイス買ってきたから食おうぜ」
「そうね、スタンリー」

美しいということは、それだけで愛される。
あれだけ憎く思っていたはずのスタンリーは、いざ話してみると適度に甘え、適度に反抗し、Fワードまではいかないが少々汚い言葉を使う、よくも悪くもごく普通の少年で、気付けば私は彼のことがすっかり好きになっていた。だって、彼が名前を呼んで駆け寄ってくるさまは自分にだけよく懐いた野良猫のようで本当に可愛らしいのだ。
それに、この美しい少年が自分の弟なのだと思うと、何の取り柄もない取るに足らない自分という存在も、神に愛されているように思える。

ただ——私がスタンリーを弟として愛することを、天国の母はどう思うだろう。祖父母の反対を押し切っての結婚だったということで、実家を表立って頼れない母は私を育てるのに苦労した。
スタンリーを大切に思うのは、一人苦心して私を育ててくれた母への裏切りではないのか。

「ナマエ、どうしたん?アイス溶けんよ?」
「⋯⋯ごめんね。暑いからかな?ぼーっとしてたみたい」

既に自分の分のアイスバーを咥えていたスタンリーは、私の分を差し出しながら、くりくりと丸い瞳で気遣わしげに見上げていた。

「このアイス好きだから嬉しい!⋯⋯でも今お腹いっぱいだから冷やしておくね」

スタンリーの目線まで屈みながらアイスバーを受け取って、冷凍庫のドアを開けた。中に入ったらすぐに凍死してしまいそうな冷気が心地よかった。

本当はこのアイス、チープな香料の香りがキツくて嫌い。それに端っこがすでに溶けていて、今から凍らせてもぐにゃっとした気持ちの悪い食感のものに変わってしまうだろう。

「あとで食べるの楽しみ!私の分までありがとね、スタンリー」

嘘。きっと開けることなくこのアイスはゴミ箱行き。

笑みを浮かべて言った正反対の嘘に気づかない、まだ無垢で可愛い私の弟は、少し照れの入った誇らしげな笑みを浮かべていた。

ああ、今すぐ私の視界からスタンリーが消えてくれたらいいのに。

巷で「鷹の目」なんて呼ばれているスタンリーのどこまでも見渡せる澄んだ瞳はいつかきっと、私のこの悪魔のような内面を見通してしまう。
そう思うと恐ろしくて、スタンリーの視界から私を隠すように、まだ小さなスタンリーの頭を撫でつけた。

眩しく鮮やかなスタンリーの金髪が、窓から入る夏の日差しで天使の輪のように輝いていた。






スタンリーが目の前から消えてくれたらいいのに。

そんな私の望みは、思わぬ形で叶うことになった。
彼に同い年の友人ができたのだ。

ゼノ・ヒューストン・ウィングフィールド。

彼は飛び級制度を駆使して入学し、NASA職員を輩出していることで有名な航空宇宙工学科に通う、本物の天才少年だ。
ワシントンD.Cの上流階級のようなイントネーションで話すシルバーブロンドの彼はスタンリーとは違うベクトルの小生意気さで、矮小なプライドに振り回されている近所の大人たちからの評判は微妙だったが、本人が作ったのであろう工作物を胸いっぱいに抱きしめて「スタン!スタン来てくれ!」と公園をかけ回る姿は年相応に可愛らしかった。

天使のような美貌のスタンリーと、神に愛された才能を持つゼノ。

2人が友人として共に過ごしている姿を目にする度、私は酷く安心した。

肉親だから、姉だからとスタンリーに並び立てる何かを持とうとする必要なんて、最初からなかったのだ。
私が何をしてもしなくても、神に愛されて生まれた天使たちは天使同士で惹かれ合い、戯れ、いつか地上の凡百の人間なんて見向きもせずに楽園へと還る。
だから、私だけが「姉なんだから、スタンリーを家族として愛さなければ」なんて無駄な努力をする必要は、もうなくなったのだ。

「ナマエ!ナマエもこっち来いよ!ゼノがまたすげェの作ってんよ!」

鷹の目にかかれば家の中の、窓辺の日陰に潜むようにして本を読んでいた私の姿も造作なく捉えられるらしい。
視界の端にちらちらと、スタンリーが小さな手を振っているのが見えたけれど、本に集中していて聞こえないというふりをした。
ゼノにせかされたのだろう。左右に揺れていた手のひらは見えなくなり、私の名前を呼ぶまだ少年らしさの残る少し高い声も聞こえなくなった。

 少年たちの声が聞こえなくなった庭にサンタナの風がカラリと吹き、シルクフロスの木や草花がそよそよと揺れる。
もう少し日が落ちたら、咲き終わりの薔薇の枯れ枝切りをしなければ。
花はいい。花は手をかければかけるほど美しく咲く。最初から美しく、勝手にすくすくと育っていく天使のような弟とちがって、どこにでも咲いていそうな庭の花々は私がいないとうまく咲けないのだ。

「⋯⋯農学部に、行こうかな」

ハイスクール卒業後の進路はまだ決めていない。
本当は、天文学部に行きたかった。大きな望遠鏡で遠くの綺麗な星を覗いたら、きっとどこまでも行けるような気がしたから。
でも、天文学はゼノの学んでいる宇宙分野と近いし、望遠鏡を覗く行為はスコープを覗くスナイパーと少し似ている。まるで二人と一緒にいようと必死になって後追いしたみたいな上に、今からどう頑張っても私に伸び代なんてない。
惨めな思いをすると分かっていて、ただ美しい星を望遠鏡で眺めていたいというちっぽけな願いを優先するなんて、バカみたいだ。
うん、農学部へ行こう。大学生になったら軍もいない、工学も盛んでない牧歌的な土地で花を育てたりパンを焼いたりして穏やかに過ごすのだ。


物心がついた頃から、スタンリーは周囲の人間に何とも言えない気持ち悪さを感じていた。

聖歌隊に入って賛美歌を歌うべきだとしきりに勧めてくるオンボロ教会の老いぼれ神父。
甘ったるいチョコバーを「皆には内緒よ」と求めてもいないのに毎回おまけでつけてくる駄菓子屋の店主のババア。
「君はこんな田舎でくすぶって終わるべきじゃない!今すぐニューヨークでオーディションを受けよう!」とドラッグでもやっているんじゃないかというテンションで話しかけてくるスカウトマン。

昔から、名前も知らない他人が寄ってきては、自分に対して何かを求め、欲していた。むせ返りそうな湿度を孕んだ気持ちの悪い「何か」。その正体を悟ったとき、吐きそうになった。

「スタンリー。あなたのことが好きなの」

放課後、誰もいないところで待ち構えていた女はそう告白して、子犬のような愛らしく潤んだ瞳を向けてきた。知らない女だった。おそらく来年ミドルスクールに上がるくらいの歳の、モテそうな女だった。
まあ悪くないかもな、なんてyesの返事に気持ちが寄りかかっていたところで、女はそっと手を取って、心臓の上——同級生よりも豊かな膨らみを持つそこに触れさせた。
煮沸かした湯のように、熱っぽい目。

「Fuckin’Bitch!」

罵倒とともに女の手を振り払い、逃げるように走った。熱っぽく、全身に絡みつくようなあの視線から逃げられるどこか遠くへ行きたかった。

——幼い頃から自分に向けられてきた周囲の期待するような目は、薄汚れた情愛を孕んだものだったのだ。


銃はいい。ボディが冷たくて、熱を生じるのは火薬を標的に打ち込んだ瞬間だ。余計な情念が存在せず、技術を磨けば自分で好きなようにコントロールできる。
そうして軍人の父を真似て体づくりや銃の練習に打ち込んでいたある日、近所に女が引っ越してきた。

ナマエ・ミョウジ。

ハイスクールへの入学を機に引っ越してきたという彼女は、ただ満ち引きを繰り返す夜の海のように穏やかな女だった。

「スタンリー」

ナマエは、神経質な算数の教師そっくりに、無機質に名を呼ぶ。最初はそれが冷たい銃身を握ったように心地よかった。
ある日の帰り道、ナマエの家の前を通りかかると彼女は隣の家との境に生えている黄薔薇の枝を剪定していた。彼女の握る園芸用の細い鋏が開き、頭の中にどう切るかの設計図が描かれているかのような手際の良さで、シャキン、シャキンと枝が切り落とされていく。
そうして整えられた薔薇の木の、いずれ花の蕾がつくであろう部位を眺めると、ナマエはふ、と眦と口元の筋肉を緩めてやわらかく微笑んだ。

違う。
ナマエはいつも、何かを諦めたように寂しそうに笑う。

「スタンリー、おいで」
「さすがだね、スタンリー」
「スタンリー、そんな言葉を使ってはだめよ」

窘めるときすら穏やかな声で、褒めるときすら寂しそうな顔で笑って、ナマエは俺を「スタンリー」と静かに呼ぶ。
その呼び方に満足していたはずだった。その声で呼ばれるのが好きなはずだった。
けれど——今のナマエを見てみろ。

庭に咲く薔薇の花。人ですらない、ただの植物の方がナマエに愛され、微笑みを向けられている。

「あら、スタンリー。今帰り?どうしたの、そんなところで立ち止まって」

薔薇の木から視線を外し、門の前まで歩いてきたナマエが視線を合わせてしゃがむ。日没の、夜の訪れを感じさせる薄光に僅かに照らされたナマエの微笑みはやはりどこか寂しそうで、つい「庭に咲く薔薇に生まれれば良かった」などと思ってしまった。




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