キツい。
落馬してから「ぱから、ぱから」と蹄の音を口で真似ながらハリボテの白馬を乗り回すようになった父。
父の様子を見て「ドクタケはもうダメだ」と他国に寝返ったり謀反を企んだりした侍は数知れず。
男ではなかったことで幼いうちから父に興味を無くされ、最早最初から存在しないものとして扱われている私。
跡取りなしの落ち目の領地。ドクタケ領の周囲からの評判はそんなところだろうか。
それでも父が領主の座にいられるのは、ひとえに忍のおかげなのだろう。
まさかコミカルな悪者としてテレビで見ていたこのケツアゴ野郎に、崩壊気味の領を支えるだけの才能があったとは。
「ねえ、アゴ」
「アゴ!?」
「あっ間違った、八方斎。貴方実はすごい忍者だったんですね」
2つに割れた立派なアゴを見ていたせいでついついアゴと呼んでしまった稗田八方斎その人は、ぽかんと目をまん丸にしたあと腰に手を当てて立ちあがり、ガハハと豪快に笑った。
「その通り!このスゴ腕忍者、稗田八方斎に全てお任せください!ガハハハハハ!」
「あんまりのけ反ると、また⋯⋯」
ころりん。
起きあがりこぼしみたいに、八方斎は綺麗にひっくり返った。アニメで見た通りの転がり方に思わず笑いをこぼすと、うまく自分で元に戻った八方斎は恭しく膝をついた。
「ご飯ありがとう、八方斎。⋯⋯頭領なのにこんなことさせて、ごめんね」
「何を言いますか姫様!ささ、冷めぬうちにお召し上がりください」
忍者隊の頭領である八方斎がわざわざ持ってきたということは、また誰かが食事に毒でも盛ろうとしたのだろう。
戦の準備で忙しいはずの彼を退出させ、汁物に匙をつける。銀製のそれが腐食しないことに安心しながら一口ひとくち汁を飲む。普段の城の料理とは違う、雑味溢れる味。前世に学校行事のキャンプで班の皆と作ったカレーを思い出す味だ。八方斎が忍者隊の何人かと作ってくれたのだろうか。
「私、八方斎と結婚したい」
「ぶっふぉぉ!?」
結婚するなら、八方斎みたいな人がいい。政略結婚の道具ではなく私を見てくれて、周囲の害意を見抜いて守ってくれる人。家を守るために選ぶべきは血筋のいい侍の男で、いずれそういった男と見合いになるのだろうけど、侍は八方斎みたいに己が汚れてまで私を守ろうとはしないだろう。
「姫様、お戯れが過ぎますぞ!篭りきりでそのように考えてしまうのでしたら、久々に天井いじりでもいかがですかな!?」
「えっ!いいの!?」
天井いじり。
他の領の忍者が天井に潜むことがあると聞いた私がすぐにやったのは天井裏の掃除だった。理吉さんとか、忍たまに出て来たかっこいい忍者が来るかもしれないのにホコリだらけにしておくなんて嫌だ。それに、どうせなら「あの家の天井、面白かったね!」って言ってもらえるようにしたい。
そう思ってはじめた天井いじりで、押すと某配管工のおじさんのテーマソングや効果音の鳴る仕掛けボタンを複数設置しておいたら、翌日八方斎や忍者隊の人たちがとてもゲッソリしていた。「なんでもありません、ネズミがたくさん出たようで⋯⋯」と八方斎は言っていたけれど、私の仕掛けを押してしまったネズミの駆除をたくさんする羽目になったんだろう。あまりにもボロボロにやつれてかわいそうだったので、天井裏の仕掛けは次の日に撤去した。
あれから2年。あんなに迷惑をかけたのにまたやってもいいなんて!
「夏だし、今度は肝試し風にしてみようかなあ。貞子的な!」
「鞠男でも貞子でも、姫様のご随意に⋯⋯。では、私はこれで⋯⋯」
「うん!」
八方斎は天井いじりの話題を出してきた途端急にソワソワして、そそくさと居なくなってしまった。配管工のおじさん風天井裏、思い出すだけで嫌なんだろうか。
私にはどうも、人を楽しませるセンスがない。楽しんで貰おうと思って作ったのに、ポジティブおじさんの八方斎にすら薄っすら引かれている。
天井裏を来客用にいじっても、どうせまたネズミのお客さんしか来ない。せっかく忍たまの世界に転生したのに、私は八方斎すら引かせる微妙に空気の読めない子として、いつか適当な侍の家に厄介払いされるんだ。
「あーあ。忍術学園に行ってみたかったなあ」
小さい頃「忍術学園に行ってみたい」と言った次の日、八方斎はドクタケ忍者教室を作ってくれたけれど、そういうことじゃないのだ。
せっかく忍たまの世界に転生したのだから、忍術学園の皆に会ってみたい。会って、できれば友達になりたい。
そんなワガママ、私のために教室を作ってくれた八方斎や教室の皆には絶対に言えない秘密だけれど。
「恋も、したいなあ」
忍術学園に行けなくて、この城からもほとんど出られないとしても、恋くらいは。たとえば魔法の絨毯に乗った王子様がやって来て夜の旅に連れ出してくれたりとか――。
障子の隙間から見える小さな星空を眺めながら、魔法の絨毯の歌のサビを歌ってそんな妄想をする。歌い終わり、障子を開けてその先へと手を伸ばしてみるけれど、その手を取って外の世界へと連れ出してくれる王子様なんかもちろんいなくて、街灯なんか一つもない真っ暗闇が広がっていた。
「そうだよね、これが現実――」
「うわあっ!?」
ズドン。
後ろから突然聞こえた男の悲鳴に、天井から床へ何かが落ちるような音。
振り向くと、部屋の真ん中には絨毯に乗った王子様なんかじゃなく、茶染の忍者装束の男が転がっていた。
YA'ABURNEE