脳内に鳴り響くサイレンに、眉を寄せながら窓の外を見る。ゲートが開いたわけではないようで、ほっと息をつく。あの日から、頭に刻まれたサイレンはゲートが開いたわけではないのに、ふとしたときに鳴り響くようになっていた。これは、誰にも言ったことのない秘密だ。知ってしまったらきっと、優しいみんなは心を痛めるだろうから。

***

A級上位の選抜部隊が遠征に飛んでから数時間後のことだった。警告音とともに表示された情報に、司令部にいた沢村は息を止めたが、すぐさま声を張り上げた。

「市街地付近にゲート出現!4体のトリオン兵の反応を確認しました!」
「手が空いているのは?」
「今は……三輪隊です!」
「三輪隊か、問題ないだろう。三輪隊に出動命令を」
「了解!」

素早く手を動かす沢村に、忍田は何かを考えるように顎に手を当てた。その表情からは何も読み取ることができない。緊迫した空気に、隣にいた根付の背に冷や汗が伝う。予測していなかった事態に、本部は次第に慌ただしくなる。数秒の後、忍田は次の指示をだした。

「更級を、更級公を呼び出してくれ」

***

突然の呼び出しに、公は首をかしげながら司令部の扉を開く。忍田は首だけを動かして公を見たあと、再び画面に視線を戻した。

「来てくれたか」
「仕事、です…か?」
「もしかしたら、だが。更級にも出てもらうかもしれない 。ああ、備えあれば憂いなしと言うだろう。あまり気負わないで待機しておいてほしい」
「了解、です」

待機とは言われたが、最低限の情報は入れておくべきだろうと画面に目を向けた公は、そのつり目がちの目を僅かに開いた。公の記憶通りであれば、三輪隊は非番だったはずだ。それなのに前に出ているというのとは、公の知らないところでなにかが起きているということだ。驚いた様子の公に気づいたのか、忍田が重々しく口を開いた。

***

通信機越しに聞こえた轟音の後、画面から消えた反応に司令部に動揺が走る。

「奈良坂、古寺ベイルアウト!」
「何が起きた!?」
「わかりません!三輪隊との連絡が繋がりません!」
「なに!?」

***

だんだんと大きくなるサイレンが頭に響いて、足元が揺れているような錯覚に襲われる。ポケット越しにトリガーを握れば、少しずつ足に力が戻ってきた。

「──恵雫さん、」

小さく紡いだ名前は、喧騒のなかに消えていく。

***

あの日は、極々普通の日だったと思う。授業を終えたわたしはいつも通りに本部に行って、防衛任務があるからと出ていった恵雫さんを、米屋といっしょに待っていた。すれ違った諏訪さんにジュースを投げ渡されて、ラウンジの椅子に座る。それが、公の日常だった。
そんな日常が崩れたのは、ほんとうに突然のことだった。A級に緊急収集がかかったのだ。米屋も例外ではない。

「ちぇっ、呼び出しがかかったみてーだわ。俺行くけど、恵雫さんが帰ってきても一人占めすんなよ!」
「ん、一人占めうれし」
「公さーん!?」
「冗談。ほら、早く行って」
「約束だからな!」

バタバタと駆けていく米屋を見送って息を吐く。慌ただしく出ていくA級に一瞬静まりかえったラウンジも、数秒も経てば元の賑やかさを取り戻す。ざわめきに耳を傾けながら、ジュースを飲んだ。恵雫さんはまだかな、と。そればかり考えていた。

***

「……適合者なんて調べるまでもねぇよ」

重い沈黙に包まれた会議室に、米屋の声が響く。一斉に集まった視線に、米屋はくしゃりと笑った。その場に似合わない表情に何人かは顔をしかめるが、気づいていないのか気にしていないのか、米屋はそのまま口を開いた。

「それ、公さんのだから」

確信をもって告げられた名前に、何名かは反応を示す。忍田は厳しい表情で米屋を見つめて続きを促すが、米屋はなにも答えない。

「慶、」
「無理だったよ」
「……そうか」

名前を呼ばれただけで意図を察した弟子の答えに重いため息を吐いた忍田は、太刀川の隣に立っている風間に目を向けた。いつも通りのポーカーフェイスに見えるが、さすがの風間も動揺したのだろう。顔色が悪いように見えて、忍田は手を握りしめた。

「すまないが、更級隊員を呼んでもらえるか」
「了解です」

本部内の放送や端末を使えばすぐにすむ呼び出しを風間に任せた忍田は、風間が部屋を出るのを見送ってから室内のA級を集めた。それだけで何をするのか察した隊員に、忍田はあえて厳しい声を出す。

「皆、起動できないか試してくれ」

***

公がブラックトリガーを手にしてから、実践で起動させた回数はまだ片手で数えられる程だった。公の決して大きくはない手にぴったりと収まる、通常トリガーとは異なる色のややシャープな形をしたブラックトリガーに、公は何度起動させても慣れることはなかった。
大きく深呼吸してトリガーを起動させようとした公の耳に、司令部にいる忍田からの通信が入る。

「更級」
「…はい」
「無理をさせてすまないな」

忍田からの突然の謝罪に小さく目を開いた公は、どこか困ったように笑ってそっと目を伏せた。少しでも力を抜けばうっかり落としてしまいそうな小さなトリガーに目をやれば、太陽があたって光っている。

「この道を選んだの、わたしです。だから大丈夫。無理、してません」

臆病者の公にとって、戦うという行為はひどく恐ろしいことだった。それでも戦い続けているのは、守りたいものがあるからに他ならない。支えてくれる存在もいる。今、窮地で助けを待っているのは、公を支えてくれる存在の一人だった。

「わたし、米屋が大事。大事な後輩。だから、行きます」

──トリガー、起動。

***

屋根の上を走って、飛んで、素早く移動する。こうなった公に、細かい指示なんて必要がなかった。ただ自らのサイドエフェクトが示す方向に向かえばいいのだ。そうすれば、それは自分にとって最善の選択であると、公は今までの経験から知っていた。
いくつかの家を越えて、それなりに高いビルの屋上に立つ。公は背に負っていた狙撃銃を構える。スコープを覗けば、対象との距離は3000mほどだろうか。動くトリオン兵の先には、三輪を庇いながら走る米屋がいる。よく見れば米屋は至るところからトリオンを溢していた。それを見た瞬間、公の行動は決まる。

「お仕置き、だから」

狙撃銃の一部に触れて、弾の種類を貫通型にする。公は数種の弾を必要に応じて使い分けていたが、今回はその中でも一番周囲への被害の少ないものを選んだ。恐らく、米屋たちへの被害を危惧しているのだろう。
弾が変わったことを確認した公はスコープを覗いて、その動きに少しずつ合わせていく。ブラックトリガー作成者のサイドエフェクトが影響したのか、3000m離れているのにも関わらず簡単に照準を合わせることができる。使いすぎると頭痛や吐き気に襲われるのが難点だが、公はこうしてスコープを覗くのが嫌いではなかった。

「やるよ、恵雫さん」

音を立てて撃ち出された弾、トリオンは光の軌道を残しながらトリオン兵の元に一直線に飛んでいく。何時だったか、誰かに流れ星のようだと評された弾は、少しのズレもなくトリオン兵の急所を貫いた。スコープ越しに、三輪を背負った米屋が笑っているのがわかる。公は合流するために立ち上がり、狙撃銃を背に戻した。

***

書きたいところだけ





表紙 / top


降り続く雨の向こう側