風が頬を撫でる。風に煽られて視界を遮る髪に手を通し、この髪も大分長くなったものだと苦笑する。
伸ばせよ、と彼に言われたから伸ばし始めた髪だった。最初は邪魔で仕方がなかったけれど、瞳の奥を揺らした彼が優しく触れるものだから切るに切れなくて、結局短く切ることができなかった。
「辛いことがあると、あんたはこの髪に触れたね」
時間が経ったからわかることがたくさんある。あたしもザイナブも、あそこではたったふたりの女だった。家族みたいな皆と肩を並べたくて、あの場所を守りたくて、家族を守りたくて強くあろうとした。震える手を握り締めて、武器を手に取った。
だけど、今思えばあたし達はいつだって大切に守られていた。カシムにハッサン、霧の団の皆は本当に危ないところはあたし達には任せてくれなかった。悔しくて文句を言っても譲ってくれなくて、喧嘩なんて言えない、一方的な八つ当たりをしても怒られなくて。弱いから外されてるんだって思ってたけど、本当は、守ってくれてたんだ。だって、そういう日は決まって、皆傷だらけで帰ってきてた。カシムでさえも、少なくはない怪我をして、あたし達が手当てをした。
「ほんと、バカだよねぇ……あたしも含めて、バカばっかりだ」
大切なものは、遠ざけることで守ろうとする不器用なあんたのことを、一番知ってるのはあたしだったのにね。あんたがこの髪に触れることでなにか助けになっていたのなら、あたしが髪を伸ばした意味も、あんたについて霧の団を作った意味も釣りが出るほどにあるのに。だってあの時のあたしは、
「いつだって、あんたを守りたかっただけなんだよ。……ねぇ、カシム。次に会える時はさ、」
▽
小さく音を立てて、ジャーファルさんが部屋に入ってくる。窓際に立っていたあたしのほうへ歩いてきて、そっと頭を撫でてくれた。細いけれど、女のように柔らかくはないジャーファルさんの手が、好きだ。
「ここにいたんですね、ハイネ。窓際は体を冷やしますよ」
「うん、ごめんなさいジャーファルさん。でも、もうちょっとだけ、」
その言葉に、仕方ないですねと優しく笑ったジャーファルさんに、胸が温かくなる。怒ると怖いけれど、誰より優しいジャーファルさん。きっと、あたしが考えていたことも察しているのに、触れないでいてくれるジャーファルさんに、あたしは何度も救われた。
「ねぇ、ジャーファルさん」
「はい、なんですか?」
「あたしさ、ジャーファルさんが大好きだよ。……だから、いつもありがと、」
恥ずかしくて、隣に立っていたジャーファルさんの肩に顔を埋めた。肩を揺らすジャーファルさんに、バカみたいに顔を赤くさせながら唸る。そんなあたしを、ジャーファルさんは優しく抱きしめてくれる。
「ハイネ、愛していますよ」
「……うん、あたしも」
触れたところから伝わる温もりが愛しくて、あたしはそっと瞼を閉じた。――ねぇ、カシム。置いていってごめん。あたしは、幸せになるよ。
しゃらり、しゃらり。
風に吹かれて、耳元を彩る青色の飾りが揺れた。
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懐かしむ