私には、布を空の色に染める力がある。生まれたときから使えたこの力は、小さい頃は上手く制御することが出来なくて、感情のままに側にあった布を空の色に染めていたらしい。

楽しいときは、大空の色。雲ひとつない、晴れ渡った大空の色。
悲しいときは、夜空の色。暗闇に浮かぶ、きらきらと輝く星たちが私を励ましてくれた。
他にも夕焼けの色、雨降りの空の色、曇り空の色。どれも、私と一緒に育った、常に私の側にあった大切な『空の色』だ。今は、この力を頼りに仕事をしている。緑や紫といった色は作れないけれど、売れ行きはそこそこある。

閉店間近、空が綺麗な橙色に染まった頃に、ほとんど毎日のように訪れる一人の客がいた。客、といっても私がこの仕事を始める前からの知り合いで、昔から気の合う数少ない友人だった。

「よお、」
「今晩は、真。珈琲でいいかしら?」
「ああ。」

決して広くはない店内の片隅に置かれた椅子。それは、私が彼のために用意したものだった。彼はここに来ては特に何かをするのではなく、私の仕事をただ眺めて、珈琲を飲んで帰っていくのだ。

「今日は、夜空の色か。」
「ええ。子供がよく眠れるように、ですって。」
「へぇ、」
「……私、この色を見ると、貴方みたいだと思うのよ。静かで優しくて、包み込んでくれるような色。」
「ふはっ俺をそんな風に言うのはお前くらいだ、」

くつり、喉を震わせる真に視線をやる。気分を害したのかと思ったけれど、別にそうではなくてほっとする。ほっとした自分に、首を傾げる。どうして私は、彼の気分を害さなくて良かったと思ったのかしら。

「あ?どうした?」
「いいえ、別に……、」

言い淀む私に、眉間にしわを寄せる彼。どうしたのだと言われても答えようがない。だって、私も分からないのだから。この不可思議な感情が現れたのは、今回が初めてではない。分からないことは真に聞けば答えが帰ってくるけれど、これは聞いてはいけないような気がして、以前に私を訪ねた今吉さんに聞いたことがある。
話を聞いた今吉さんは、いつもの胡散臭そうな笑みのまま、この現象を『恋』だと言った。それは有り得ないことだ。私は、私が生まれたときから持っていた不思議な力について研究していた人に教えてもらったのだ。私はこの力を得た代償に、恋する心を失ったのだと。実際、生まれてから一度も恋とやらをしたことはないし、友人が何度も話す恋話とやらは少しも理解できない。

「おい。」

ぐるぐると思考の海に沈み、黙りこくった私を不思議に思ったのか、気づけば真は目の前に立っていた。

「あら、ごめんなさいね。もう帰るのかしら?」
「ちげぇよ、バァカ。この前からどうしたんだ、何か変じゃねぇか?」
「そうかしら、真の勘違いだと思うわ。」
「ふざけてんのか。何年一緒にいたと思ってる。」

はぐらかそうとしてる私の腕を握り、逃がさないとでもいうような、強い視線で私を射ぬく真。掴まれたところから、じわじわと熱くなって、心なしか鼓動が速くなった気がする。それでも目をそらすのがなんだか悔しくて、訳の分からない現象に振り回されているのにも苛ついて。

「……今吉さんが、」
「あ?」
「今吉さんが、私は真に恋をしているのだと、そう言っていたわ。でも、私には恋する心なんてあるはずがないのだから、それはおかしいわ。でも、それでも、今吉さんは人の心情を察するのに長けた人だし、こんな嘘や冗談を言う人ではないでしょう?」
「……そうだな。」
「だから、困っていたのよ。どれだけ考えても、答えがでないの、」

目を合わせているのが怖くなって俯く。この症状が現れてから、初めてのことばかりだ。何も言わない真に、唇を噛む。冗談だと言ってしまおうか、頭上から聞こえた大きなため息に固く目を瞑る。

「お前な、分からないことがあったら俺に聞けばいいだろうが。」
「……は?」

驚いて顔を上げた私が見たのは、昔はよく浮かべていた、悪戯が成功したときの笑みをした真だった。

「代償としてお前が失ったのは、『恋する心』だ。そうだな?」
「え、ええ。そう言われたわ。」
「簡単なことじゃねぇか。お前が失ったのは『恋する心』だが、今ここにあるのは、」

一度言葉を区切った真は、困惑して固まる私を見て口角を上げた。そのままだんだんと近づく真の顔を眺めていると、頬に手が添えられる。どうしたの、なんて尋ねる間もなく、

「誰かを『愛する心』だろ?バァカ、」

唇に触れた優しい感触。絡んだ視線。口付けられる直前に言われた言葉が、心の中にすとんと落ちた。今吉さんの言ったことは結局当たっていたのね、なんて。
大切な夜空の色に包まれて、私はそっと目を閉じた。



* * *

『それ、屁理屈っていうのよ』
『ふはっそれがどうした』

霞に宿ったのは、布を空の色に染めることができる魔法です。対価として「恋する心」を失いました。 http://shindanmaker.com/395056





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