タイミングが、あまりにも悪すぎた。夜も深まり閑散とした三門に、門《ゲート》出現を知らせる警報が鳴り響く。幾重にも反響し警戒を募らせる音に、近隣の家屋にはぽつぽつと明かりが灯り、市民が動き出す。夜空に紛れるように蠢く門は、目視できる範囲では五つ。頭上の門を睨みつけながら、夜警に出ていた赤坂はその腰の弧月をすらりと抜いた。
「──門確認!現場の隊員は直ちに市民の誘導を!こちらの体勢が整うまでは千羽隊員、太刀川隊員、そして赤坂隊員の三名を軸にトリオン兵の排除、足止めをお願いします!」
「太刀川、了解」
「千羽、了解です」
「赤坂も了解しました」
トリオン体のインカム越しに届いた声は赤坂にとっては馴染み深いもので、返答しながら手近な建物の屋根へと上がる。その間にも門からは数体のトリオン兵が吐き出され、止まることを知らない。オペレーターが視覚へと表示させた地図と赤い点を見ながら辺りを見渡せば、ちょうど赤い点と重なる位置に二つの影が見える。
隙を見せることなく弧月を握ったままの赤坂は二つの影、太刀川と千羽へとインカムを繋いだ。眼下では他隊員による市民の誘導が始まり、不安が混じる騒めきが広がっていた。
「大きい門は、ちょうど三つでしょうか」
「そうだね、位置的にもぼくたちが個別に対応したらいいんじゃないかなあ。どうせ合わせるの、苦手だし」
「ああ、単純で分かりやすいな。じゃあ俺はこのデカいのか、建物があって面倒だな」
「仕方がないとはいえ、あまり壊さないでくださいね」
「赤坂は細かいよなあ」
「ほらほら二人とも、もうそろそろ来るよ。早々にベイルアウトはやめてね」
「千羽さんこそ、あまり無茶はなさらないでくださいね。太刀川くんもですよ」
「へいへい、っと」
インカムが切れて、轟音が鳴り響く。赤坂から見て右手の方向、太刀川がいたところから一閃の光が見えた後、地上へと降り立とうとしていたバムスターが二つに分かれていくのが目視できる。攻撃力も飛距離も一級品、旋空弧月がバムスターを裂いた。対して、左手にいる千羽の位置からも派手な音が聞こえ、戦闘開始を肌で感じ取った赤坂も、軽やかな動きで空へと跳ねる。頭上にはやはり数体のトリオン兵が、地上へと向かうべく身を躍らせていた。
赤坂は、自分自身にこれといって秀でた部分がないことを数年前から自覚していた。とはいえ、剣技の才は少なからずあることも自覚していた。亡き父譲りの、剣技の才。持ち得ていないのは太刀川のような圧倒的な戦闘スキルだったり、千羽のような身に染み付いた体捌きだったりと、言い出せばきりが無い。けれど、秀でた部分がなくとも、赤坂自身が他者に誇れる部分が戦闘《これ》しかないことも、とうの昔から分かっていた。苦しいほどに。
「──ふ、」
グラスホッパーでさらに空へと上がった赤坂は、短く呼気を吐きながら眼前のバムスターへと弧月を振り下ろす。ある程度決まった動きをする大量生産型のトリオン兵は、慢心はできないけれど、赤坂の敵ではない。核ごと斬り裂いた勢いのままバムスターの背へと上がれば、その装甲を足場に別のバムスターの背へと飛び移る。振り下ろされないように弧月を突き立てながら、別所から迫るトリオン兵へと牽制にアステロイドを放つ。破壊できずとも、目眩しにさえなればいい。砂塵を上げもがく姿を横目に、足元のバムスターへと突き立てている弧月を横へ凪ぐ。崩れ落ちるバムスターから跳ね、砂塵の奥にいるもう一体のバムスターを下ろす。まな板へと並べられた魚のように三枚へと下ろす切り口は、赤坂が師匠から与えられたものだった。
三体のバムスターを倒した後、一度屋根の上へと降り立つ。風に靡く黒髪を掻き上げながら赤坂は、辺りへと視線を巡らせた。戦闘をしている間に市民の誘導はある程度進み、この辺りにはもうトリオン兵とボーダー隊員しか見えない。バムスターが多い赤坂と太刀川のところとは異なり、小回りの利くモールモッドが多く見える千羽のところでは、未だ激しい戦闘が行われている。否、モールモッド程度では千羽の敵ではないから、力技も多い千羽のことだから戦闘音が多いだけかもしれないけれど。安易に想像できる千羽の姿に、赤坂は軽く溜息を吐きながら口元を綻ばせる。
「こちら赤坂、一先ずは落ち着いています。本部の状況を教えていただけますか?」
「時間が時間なので、中学生以下は避難誘導後そのまま待機させています。A級の高校生以上の隊員は大方集まり、他二つの門の鎮圧及び、三名の援護へと向かっています」
「そう、ですか。であれば、到着次第わたしは千羽さんのところへ向かうので、変わってください」
「──助かります」
通信が途切れるとほぼ同時に名を呼ばれ振り向く赤坂の視線の先には、風間隊と三輪隊が揃っていた。普段からあまり変わらないその表情に呆れを滲ませながら一言、行ってこい、と告げる風間に会釈をして屋根から屋根へと飛び移る。トリトン兵の崩れる地上を駆けるよりも、遮るものがなに一つない屋根の上のほうが動きやすい。とん、とんと軽快な動きで千羽の元へと向かう赤坂は、後方、太刀川がいるところで再度上がる戦闘音に足を早めた。
「千羽さん!」
「やあ、赤坂ちゃん、楽しいねえ」
幾多の瓦礫と化したモールモッドの中心で、上機嫌に笑む千羽へと迫るラッドの首を刎ねながら降り立ち、背中合わせに弧月を構える。トリオン体にも関わらず上気する体を背中越しに感じながら、周囲へと視線を遣った赤坂は、呆れたように眉尻を下げる。千羽の気質を知ってはいたけれど、罅割れた片頬からトリオンを漏らしながら言う台詞ではない。
「トリオンが漏れていますけれど、あとどれくらい保ちますか?」
「そうだなあ、小一時間は保つとは思うけど、こう雑魚ばかりだとやる気も削がれるよね」
「止してください。そういうことを口にすると、面倒ごとが起こると諏訪さんに教えていただきました」
「あはは、大丈夫だって。赤坂ちゃんは心配性だなあ」
黒髪をくしゃりと乱しながら弧月を振るう千羽は、雑魚とは言いつつも戦うこと自体は楽しいのだろう、その顔《かんばせ》に笑みを浮かべ続けている。最初よりは数が少なくなったものの未だに排出され続けるモールモッドを斬り倒しながら、赤坂も自身のトリオン残量を意識し、黙々と弧月を振るう。他人に合わせるのが苦手だと公言する、千羽の動きに合わせて。
本部と他隊員と、幾度か言葉を交わしながらトリオン兵を倒し続け、戦闘は終息に向かっているかに思えた。本部にはあの迅もいるのだから、原因の特定も早いだろう。四年前よりも遥かに隊員の数も増え、力をつけたのだから。腰に携えた鞘に弧月を収め肩の力を抜いた赤坂の足元を、巨大な影が覆う。──イルガーだ。
「ッ、この、タイミングで?」
「赤坂ちゃん」
「はい?」
「ぼくは残念だけど行けそうもないし、飛ぼうか」
「……はい?」
「おいで」
剣先をこちらへ向けて構える千羽に、意図を察した赤坂は溜息を吐く。再会したときよりも頬からのトリオン漏れの量は多いし、なにより片腕も損ないかけているというのに、この剛毅。入隊したての子供たちが、気迫に食われかけるというのも無理はない。インカム越しに太刀川の楽しそうな声を聞きながら、赤坂は弧月に利き手を添えたまま地を蹴った。
「そろそろ、終わりにしましょうか」
弧月の剣先に足を乗せた赤坂はその両膝をクッションにして、千羽が振り上げるタイミングと合わせて宙を舞う。兼ね備えた体幹を元に空中で体勢を整えた赤坂は、鍛え上げた剣技を持って巨大なイルガーを両断する。爆破する時間など与えるまでもなく、その巨大な体躯を動かすほどの核ごと両断されたイルガーは、轟音を立てながら地面へと降り注いでいく。グラスホッパーを蹴り反転した赤坂は、居合の構えをとった千羽と重なる視線に思わず微笑を零してしまう。
居合、一閃。千羽と赤坂の両名に斬り刻まれたイルガーは、細切れとなり、モールモッドの瓦礫の上へと降り積もっていく。かつん、と。軽やかな音を立てて地上へと戻った赤坂は、ほろほろと崩れる千羽へと向けて嫋やかな笑みを浮かべた。
「今日は、楽しかったですか?」
「ふふ、うん、もちろん。起きたらもう一戦、しようか」
「あらあら、太刀川くんなら喜びそうですけれど、わたしは遠慮しますね」
ざんねん、と。微睡むように零した千羽が、本部のほうへと飛んでいく。トリオン切れによるベイルアウトに、赤坂は鞘へと弧月を仕舞いながら息を吐く。本部や迅が動いてくれたのだろう、夜空から消えた門に、瓦礫へと腰をかけた。
夜明けは、間近だ。
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鮮やかに燃えろ、灰すら残らぬよう