「まだここ、あったんだ」

 マフラーを巻きながら、隣にいる羽由ちゃんと繋いでいた手を、緩やかに離す。三門は冬。もう随分と来ていない場所へと、わたしはボーダー隊員の権限を使って、赴いていた。
 ――それはお墓。表向き、兄さんが眠っていて。本当に、お父さんとお母さんが眠っている、お墓だ。
 このお墓は警戒区域内の中にある。いつだって壊される危険があった。けれど、入り組んだ場所にある所為か、幸いにも今まで被害を受けてはいないようだ。兄さんはここには居ないのに、確かにわたしが握っているはずなのに、どうしても泣きたくなってしまうのは、墓石の持つ、独特の雰囲気の所為だろうか。

「……羽純ちゃん」

と羽由ちゃんに名を呼ばれて、考えに浸りかけていた頭を起こす。

「付いてきてもらっちゃってごめんね」

と言うと、羽由ちゃんは、頭を振った。

「いいえ。頼ってもらえるのは、嬉しいですから」

 羽由ちゃんの微笑みは幾分か、わたしの心を落ち着かせる。
 羽由ちゃん、と言えば、確か羽由ちゃんに誘いを断られ続けた時期があって。兄さんは落ち込んだわたしを見る度に、他の人には見せない笑顔で、「次はやれる」と、何度も囁いてくれたっけ。薄れてなどいない記憶。頭にないのは、あの人の声。死人の声は一番初めに忘れるものだと言ったのは、誰の言葉だったか。それさえ兄さんに教えてもらったのだから、わたしの記憶の大半は、未だ兄さんで埋まっていて、消えることは無い。

 わたしのサイドエフェクトは、記憶する能力を持つ。それは半永久的だけど。元は兄さんのサイドエフェクトで、兄さんがもう少し早く、わたしに譲ってくれていたら、わたしは今でも、兄さんの声を思い出せたのではないか、と思ってしまって仕方ないのだ。
 ふと、わたしの手のひらに、他人の体温が触れる。

「にいさ、…羽由ちゃん」

 哀しそうに、けれども微笑みに全てを隠す羽由ちゃんに、わたしはまた兄さんを重ねて。あの人の思い出が、今でもわたしの心臓を刺すのだ。


(あめさんより)



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墓標