まるで台本通りに進むような、或いは定型文を並べているような会合を終えて、ヨコハマの中枢を担っている重鎮たちは碧棺の家を後にする。何を考えているのか、護衛も付けずに当主代理として出席していた香久耶を市松家まで送ることになった銃兎は、一層眉間の皺を深くする。面倒臭いと思っているのがありありとわかる表情に反して、隣を歩く香久耶の笑みが崩れることはない。何を言ってもW照れ屋Wの一言で終わるのだから、何も言う気にはなれずに黒光りする外車の扉を開き、形ばかりのエスコートをする。

「まあ!ありがとうございます、銃兎さんっ」
「はいはい、良いから早く乗ってください」
「ふふっ、そんなに2人きりになりたいだなんて……照れちゃいますう」

どこをどう捉えたらそういう思考になるのか、出逢ってから数年経った今でも銃兎は理解できないでいる。深く溜息を吐いて、指先で眼鏡を押し上げる。一気に気疲れがするけれど、それでも護送役を変わらなかったのは、聞きたいことがあったからだ。

柔らかなスカートの裾を押さえて、控えめな所作で助手席へと乗り込んだ香久耶に、静かに扉を閉める。そのまま運転席へと乗り込めば、爛々と輝く双眸が銃兎に降り注いだ。視線が痛い。再度吐きたくなる溜息を堪えて、車を発進させる。目的地はヨコハマで最も豪華な家を持つ、市松の本家だ。アクセルを踏んで静かに発進された車の中で、香久耶の鼻歌が響く。上機嫌なその姿を横目に見遣りながら、銃兎は革張りのハンドルを握り締める。

「……やだあ、私のことが好きだからってそんなに見つめられたら、どきどきしちゃいます」
「それは失礼いたしました。ところで市松さん、お伺いしたいことがあるんです」
「市松さんだなんて、香久耶って呼んでくださいっ」
「真面目な話をしているんです、茶化さないでください」
「あら、そうだったんですかあ?」

目を丸くして驚いて見せる香久耶の姿に、銃兎の苛立ちは募っていく。懇意にしている市松家の娘でさえなければ、手段を問わずに問い詰めることができたのにと、思わずにはいられない。苛立ちのままに、ぐっとアクセルを踏んでスピードを上げる。流れるように消えていく景色に、香久耶は口許に手を当てて笑っている。呑気なのか、肝が据わっているのか。虫も殺さぬような顔をして、残虐な手を好む香久耶を知っているからこそ、言葉は出なかった。

数十分ほど静かなヨコハマの街を走ったのち、一軒の豪邸の前で車を停める。エスコートする気にもなれずに、香久耶へと視線をやった銃兎の頬に掠める柔らかな感触。黒と群青が混じる長い髪が、視界の端を流れていくのを漠然と眺めていれば、大人びた印象を与えがちなかんばせを持つ少女は、まるで睦言を囁くように唇を開いた。

「ねえ、銃兎さん。銃兎さんには、特別に教えてあげますね?」

──私、数年前から付き人がいるんです。とっても可愛い、女の子の。

そう言ってうっそりと微笑む香久耶の腕を掴もうと、伸ばした腕は宙を掴む。後手に扉を開けて外へ飛び出した香久耶は、そのまま静かに扉を閉めて、真っ直ぐに立てた人差し指を口許に添える。その仕草を見て嵌められた、と銃兎は舌打ちをする。ボスである左馬刻の安寧を取るか、資金的に援助をしてくれている市松の娘の命令を取るか、二つの選択肢が浮かんでは消える。どちらを選んでも、どちらかを裏切ることになる。そんな葛藤をする銃兎を他所に、香久耶は呑気にひらひらと手を振って豪邸のほうへと歩いていく。左馬刻の右腕であると同時に、碧棺家の金銭を握る銃兎にとって、すぐに出せる答えは無く、クラクションを鳴らさないようにハンドルへと伏せた顔は暫く上げられそうになかった。




「ただいまあ、誰かいるの?」
「おかえりなさいませ、香久耶様」
「もう、香久耶様だなんて!せめて香久耶ちゃんって呼んでほしいわっ」
「え、ええっ、ごめんなさい……?」
「ふふ、冗談よ!」

広い玄関を通り抜け、自室へと向かう。その道中に香久耶の付き人でもある使用人の女性と、他愛もない話をしながら足を進める。使用人──瑞季が開けた扉の奥、趣味の良い家具が並ぶ先にある、天秤付きのベッドに身体を沈める。そんな香久耶を労わるように、ブランケットを掛けようとした瑞季の華奢な腕をそっと握る。寝転んだまま瑞季を見上げる香久耶の、蜂蜜色の瞳が瞼に隠れて細くなる。

「ねえ、瑞季」
「は、はい?どうされました?」
「私は、貴女の幸せを願っているのかしら。邪魔を、しているのかしら」
「……その、よくわかりませんが、香久耶様に拾っていただいてすごく、幸せです!とっても!」

だからそんな顔をしないでください、と微笑む瑞季に、香久耶は大きな枕へと顔を伏せる。夜な夜な、外を見つめる瑞季がいることを知っていた。知っていたのに、子供染みた独占欲が邪魔をする。本当は、銃兎にだってあんな意地悪をするつもりなんてなかったのに。心配そうに声をかけてくれる瑞季に、香久耶は顔を伏せたまま言葉をこぼす。

「私、貴女のこともすきよ。銃兎さんやパパとママの次くらいには、ずっと」
「そんな……っ恐れ多いですけれど、うれしいです。ありがとうございます、香久耶様!」

いつか、いつの日か。素直になれるかしら、と香久耶は瞼をつむる。逃避していることは分かっていたけれど、なんだかこのまま眠ってしまいたいくらいに、疲労感に包まれていた。自業自得、自らが蒔いた種とはいえ、しばらく彼には逢えないだろうから。





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稚拙な心臓をとめて