あたしだって鈍感じゃないから『もしかして』と思ったことはあるけれど、実際に「好きだ」と言われるとどうしたら良いのかが分からなくて、情けないことに頭が真っ白になった。どんな試験だって、面接だってこんな風になったことがないのに。
揶揄なんてひとつも混ざっていない真剣な眼差しと、あたしの手を包み込んだ大きな手のひらが冷たかったこと、少しだけ震えていたこと。それから、告白の言葉。全部覚えているのに、あたしがどんな言葉を返したのかだけ思い出せない。
心臓が痛くなって、思わず告げた言葉に冬島さんが困ったような顔をしたことだけは覚えている。覚えているけれど、思い出せない。その顔を見て、逃げるように部屋を出て、誤字だらけのメッセージを夏々子に送ったことは思い出せるのに。
「あたし、なに言ったんだと思う?」
「冬島さんに聞けば?」
「それができたらとっくにしてるっての!」
大きく溜息を吐いて、タンブラーをガンッとテーブルに置く。時刻は21時頃。一人暮らしをしているあたしの部屋に夏々子を呼び出して、ふたりで飲み始めてから1時間ほど経っている。記憶が曖昧になるくらい混乱していたのに、あたしと夏々子も入っている諏訪達のグループに送らなかったあたしを褒めたい。
あまりに誤字だらけのメッセージに通話をかけてくれた夏々子を家に呼んで、素面では話せないと酒を飲んで、ほろ酔い具合に任せてあたしが起こした珍事をやっと話しきった。
最初はふんふんと聞いていた夏々子も、終わる頃には呆れたような顔であたしを見ていた。小皿に乗せたナッツをひとつ口に放り、ガリッと砕いた夏々子がテーブルに頬杖をついてこちらを見る。
「まず、恋愛相談にわたしを選ぶ時点で間違ってる」
「それは、その……」
「そもそも、どうせあんたの返事は決まってるのに、なにを言えって?」
「ヴッ」
「さっきから『嬉しい』しか飛んできてないよ、みどりから」
らしくもなく、熱くなった顔を隠したくてテーブルに突っ伏す。もしかしてと期待するくらいには、あたしが冬島さんに惹かれていたことを夏々子は知っていた。小さく唸りながら夏々子を見ると、は、と鼻で笑いながら長い指先で額を突かれた。
「背中、押してほしかったんでしょ」
「……わるい?」
「たまに可愛いとこあるよね、あんた。いつもはみんなの姉御って感じなのに」
「わーるーい?」
額をぐりぐりと押す指先から逃れるように顔を背けて、タンブラーに残っていた酒を煽る。どうせふたりだからと、適当な部屋着にすっぴんで、長い前髪だって適当にクリップであげている。ここまで見せているのに、取り繕うなんて今更すぎるでしょ。
「みどりなら大丈夫」
「……うん」
「あんた以上のイイ女、見たことないよ」
ちら、と夏々子を見るといつもと変わらない表情で、それでもその琥珀は優しい色を滲ませていた。うん、と頷く。明日はお気に入りのリップを塗って、睫毛だってきれいに上げて、目許だってキラキラにしてあげる。それから、別嬪さんだって笑ってくれたあのひとに、あたしの言葉を聞いてほしい。
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うかれて泥濘