朝露を一滴落とした白い花弁、魔力を含んだ水で育てた新鮮な薬草、いちばん魔力の満ちた夜の月を映した湖の水。それから、と調合に用いる材料を確認していたアメリアは、材料がひとつ不足していることに気づいてはた、と手を止める。いつも材料を保管している棚を確認しても、一矢片も見つからない。

「これから必要なのに、困ったわ……フィガロ様は急がないと言っていたけれど、ねぇ」

白い頬に手を当てて、ううんと首を傾げるアメリアの足元を1匹の猫がするりと歩いている。柔らかな布地を潜って、揺れる尻尾。にゃあんと鳴いて、アメリアを見上げる大きな瞳は真っ赤に熟れた苺の色をしていた。

美しいシルバーグレイの毛並みをした猫を抱き上げたアメリアは「なあに、アリコ」と瞳を覗き込む。腕のなかで甘えるように擦り寄ったかと思えば、つんとアメリアを見上げる瞳はどこか挑発的で、「諦めるの?」と問われている気にもなる。

「まあ、悪い子ね。だれにそんな表情を教えてもらったのかしら」

濡れた鼻先をちょんと突いて、柔いワンピースの裾を翻したアメリアは調合のために広げた素材を片付ける。腕のなかから飛び降りたアリコは、満足気に喉を鳴らして日当たりの良い一等席で丸くなった。

アリコの瞳とそっくりの色をした髪を真白いシルクの髪飾りでまとめたアメリアは、優しい手触りのストールを肩に羽織る。それから寝息を立てているアリコの額を指先でひと撫でして、扉の横に立てかけていた箒を手に家を出る。

アメリアが箒に腰をかけると、ふわりと浮いた箒はやさしい色をした朝の空を飛んでいく。魔道具でもある髪飾りをきらきらと輝かせながら緑が広がる広大な大地を、不思議な色をした湖を飛び越えて、箒は一軒の花屋の前に降り立った。

「おはよう、リリー。いま、お話しできる?」

月の光をたっぷりと含んだような、滑らかなブロンドを揺らして頷いた花屋の娘ーリリーに、アメリアはほっと息を吐く。
白磁の手をリリーの前に出したアメリアは、手のひらの上に空気中から集めた水分を凍らせて、薄く透き通った花を作る。触れるだけで、今にも壊れてしまいそうな繊細な花。

「北の国で採れる、水晶でできた花が欲しいの。一輪で良いのだけれど、在庫はないかしら?」
「ありますよ!ちょうどフィガロ先生に言われて、取り寄せていたんです」
「まぁ……ふふ、さすが様ね。お見通しみたい。実はね、フィガロ様にお願いされた薬の調合に必要なの」
「そうだったんですね。ちょうど今朝入ったばかりで、間に合って良かったです」

すぐにお持ちしますね、と微笑んで店の奥に消えるリリーを見送り、アメリアは緩く立てた人差し指を頬に当てる。悩んだのは、たった数秒。リリーの青空のような瞳とは反対の、夜空を映した瞳を伏せる。それから薔薇のように色付いた唇に弧を描いて、小さく呪文を呟いた。

「ディア・ヴラトゥリア」

夜に出逢った愛しいあなた。恋しいひとを想えば想うほど、それがアメリアの魔力となる。手のひらに浮かべていた氷の花を宙に散らせて、代わりに呼び出したのは小瓶に詰めたシュガーと、アメリアがブレンドした茶葉の詰め合わせ。

『代金と一緒に渡したら喜んでもらえるかしら』と顔を綻ばせたアメリアは、店の奥から戻ってきたリリーの姿にそっと目を細めた。ーーねえ、リリー。わたし、あなたとお友達になりたいわ。




表紙 / top


純粋無垢な花びら