思えば4年前のあの日、わたしは1度死んだのだと思う。
三門市を襲った大規模な侵攻を、わたしは、わたしたちは予知して備えていた。けれど、堂々とトリガーを振るうには、たくさんの時間と許可が必要で。救えなかった悲鳴が、いまでも忘れられない。
換装の許可が出た頃には、すでに三門市内には何体ものトリオン兵がいて、戦う術を持たない住民を襲っていた。崩れ落ちた家屋に足を取られて転んだひとを、幼いこどもを連れて走るひとを、無機質な機械が貫いていく。
できる限り多くのひとを救いたくて必死に戦いながら、頭の片隅では戦う相手がトリオン兵だけでよかった、と思った。もし人型の近界民までいたら、こんなに混戦している状況だと気を取られてしまう。わたしは、弱いから。
あの頃はトリガーを握って前線に立つ人数に比べると、オペレーターの数が少なかった。同時に多くの戦闘員を支えていた声がひとつ減ったと気づいた時には遅くて、あの、悲鳴のような声が何度も聞こえた。
姉のように慕っていたあのひとの名前を何度も、何度も繰り返し呼ぶ声に足が止まりそうになったけれど、止められる状況ではなくて。不安を振り切るように、駆け続けた。
たくさんのトリオン兵を切って、救いを求めるひとの手を引いて、ぴくりとも動かない体から引き剥がしたひとを運んだ。感謝されることもあったけれど、それ以上に暗くて、恨みの込められた瞳がいまもわたしを責め立てる。
どうして、どうしてと。戦う許可が必要だった理由も頭ではわかっている。それなのに、ずたずたに引き裂かれた心だけがいまも苦しんでいる。切り捨てたトリオン兵のように、崩れ落ちた家屋のように、あの日わたしの心は砕けていった。
「ねえ、諏訪さん」
「ン?」
「面倒な女でしょう、わたし」
「まァ、手は掛かってんな」
「ふふ、否定しないんですね」
「否定したところで認めねぇのは赤坂だろーが」
雑誌から顔を上げて、器用に片方の眉を上げながらわたしを見る諏訪さんは、いつだって目を逸らさない。ソファーの上で膝を抱えるわたしの顔を隠している、長い髪を指で避けながら手の甲で額に触れる。熱なんて、ないですよ。
「んで?今日はなに考えてんだよ」
「……なにも」
「は、無しな。なんかあって来たんだろーが」
硬い爪先で弾かれた額が痛い。悩んだ末にそっと身を寄せて、トリオン器官があると言われている胸元に片手を添える。穏やかな鼓動が手のひらに伝わった。
2回目の大規模な侵攻は、あの頃よりも増えた仲間のおかげで、前回より何倍も犠牲は少なくなった。0ではなかったけれど、頼もしい仲間ばかりで本当に良かったと思う。
諏訪さんは、犠牲になるところだった。キューブの形に変えられて、捕獲されるところだったのだと聞いている。実際には見ていないけれど、ずっと通信で聞こえていた。
昔、姉のようなあのひとを失ったときと同じくらい、もしくはそれ以上に怖くなって、少しだけ足が止まった。足を止めることが、できてしまった。隣にいた太刀川くんに名前を呼ばれるまで呼吸すら難しくて、もう駄目なのだと悟った。痛みを無視して歩き続けることが、できなくなっている。
「わたし、」
顔を上げると、逸らされることのない視線が交わる。その強さが眩しくて、じっと見ていられなくて俯きかけたわたしの頬を掴んで、無理やりに顔を上げさせられる。ねえ、女の子相手にその掴み方はやめたほうがいいですよ。
震えた息を吐く。この言葉をいつかは言わないといけなくて、けれどずっと怖かった。きっと諏訪さんは、わたしがこの言葉を言っても怒らない。軽蔑もしてくれない。それがとても嬉しくて、悲しい。
「すこしだけ、……っあの、わたし、」
「おー、なんだ?」
「少しだけ、休もうと思います」
きっと、ずっと。わたしは疲れていた。頬を伝う涙が、諏訪さんの指を濡らしていく。そろそろ頬を離してくれないと、うんと不細工な泣き顔になる気がするのだけれど。
安堵したように目を細めて、「わかった」と頷いた諏訪さんに抱き寄せられて、少しだけ煙草の匂いがする服に顔を埋める。髪を撫でる手のひらが、体を包む腕が温かくて息が詰まる。幸せを感じることが、こんなにも苦しい。
それでも、変わらないといけない。だって、諏訪さんが連れ去られそうになった、あの日。わたしはもっと、あなたと生きたいと思ったの。
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光の中でしか息ができない