特定の人物に対して、冷たくしている自覚はある。人目があるところでは特に、他よりも一線を引くようにしていた。苦虫を噛み潰したような顔で小さく唸るわたしにみどりは笑って、とろりと垂れたエメラルドの瞳をきゅっと細めた。まぶしい。
「うける、そんなことある?ってくらい見てるんだけど」
「……うるさい」
「そのうち、尻尾でも生えんじゃない?」
ラウンジに向かって歩いていたわたしたちに、隣にいる親友と似ているようで、似ていない色の瞳が向けられる。むしろ、刺さっている。行ってきな、と背中を押す手に噛みつきたくなるのに、一歩踏み出した途端にぱあっと音がしそうなほどの笑顔を向けられてしまっては、何も言えない。どうなってるの、どいつもこいつも眩しすぎる。
「お疲れさまです、夏々子さん!」
「……わたしはまだ何もしてないけどね、あんたこそお疲れ」
「ありがとうございます!今日は任務ですか?」
「いや、……べつに、あんたには関係ないでしょ」
わたしの厄介なSEの影響もあるけれど、嵐山はいつも真っ直ぐに好意をぶつけてくるものだから、つい絆されてしまいそうになる。その優しさに、応えたくなってしまう。けれど、それは嵐山のためにはならない。
いまだって、ただ「諏訪の手伝い」だとか「人手が足りてないところのサポート」だとか、素直に言えば良かったのに。そうするときっと嵐山は、あのきらきらとした笑顔を向けて「頑張ってくださいね!」なんて言うに決まっている。ふい、と顔を背けて髪を弄る。
顔を背けても、そわそわと落ち着かない感情が飛んできて、なんだかわたしまで落ち着かなくなってくる。きゅ、と唇を噛んで、それからそっと息を吐く。落ち着かないと、わたしまでその感情につられてしまう。
「ね、嵐山、あんたさ」
「はいっ」
「う、」
名前を呼んだだけなのに、羽のようにぴょこりと跳ねた髪を揺らして笑みを向けてくる。その眼差しに、声色に乗せられた感情がどすんと刺さる。嵐山から向けられる感情は柔らかくて暖かいのに、時折痛いほどに熱くなって、酔いそうなほどに強く伝播する。どうしてわたしを置いていったの、みどり。
胸元をぎゅっと握って耐える。わたしがどれだけの酷いことを言ったら、嵐山は離れていくのか、まったく見当もつかないけれど。ここで揺らいで、応えてしまったらいままでの努力が無駄になる。
嵐山は、嵐山准という男は人気者で、みんなの希望なのだから。その感情はわたしだけに向けられていいものではない。だから、距離を置かなくてはならない。そう思うのに、伸ばした指先は自然と嵐山の指を摘んでいた。
「わたし、」
「俺は、あなたの話ならなんでも聞きます。聞きたい、です」
「……ごめん、やっぱりなんでもない。なんにも、ない」
触れていたいと、願う意志に反して剥がした指先を、優しく掬いとられる。少しかさついていて、それでいて温かい大きなてのひらは、わたしの手を簡単に包み込む。
振り解くことなんて簡単なのに、どうしても振り解けない。ぐっと眉間に皺を寄せるわたしに、陽だまりのような笑みと、柔らかな声が降り注ぐ。
「それでも俺は、あなたが好きなので。あなたのことが知りたいから、いつか教えてくださいね」
ほんとうにばかね、あんた。ずっと逃げていたのに、最近になって絆されているのが分かる。それが悔しくて、でも悪い気分はしないから、どうしたらいいのかが分からない。
俯くわたしの脳内で、みどりが「意地っ張り」と笑っている。わたしも、そう思う。だってきっと、後はわたしが選べばいいだけだから。いつもなにかと迷って選びきれないわたしが、嵐山といる未来を。
なにも言葉を返せない代わりに、きゅ、とその手を握り返した。もう少しだけ、待っててよ。
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ふたりの隙間を埋める溝