初めて顔を合わせたとき、みどりちゃんはまだセーラー服を着ていた。前髪は今よりも短くて、傷を負った右眼はガーゼや眼帯で覆われていたけれど、もう片方の瞳が強く煌めいていたことを覚えている。慣れない仕事にくたくたで、外を見ても復興しきっていない光景は気晴らしにもならなかった。そんな中で突然宝石が転がり込んできたもんだから、忘れられるはずもない。
そのとき、俺はエンジニアとしてトリオン体の調節をしたんだよなあ、確か。みどりちゃんの右眼は、傷の影響で視力のほとんどを失っている。生身の傷は俺にはどうしようもないけれど、トリオン体でなら視力を取り戻すことができる。その分、日常生活との差が出るかもしれないけれど、みどりちゃんは諦めなかった。
「ないよりあったほうがいいじゃん?戦うなら」
懸念事項を伝える俺に、あっけらかんと言ったみどりちゃんは大人の俺が情けなくなるくらいに格好良くて、ただ綺麗だった。すげえ疲れていたのに、まだ頑張ろうって思えるくらいに。「かっこいーなあ、お前」と呟く俺に、みどりちゃんはニッと笑って「当然!」って返したんだっけな。
トリオン体の調整が終われば関わることもなくなったけれど、酔い潰れたタマ、みどりちゃんの兄を家に届けた日からまた関わるようになるもんだから、人生ってのは何が起こる分かんねえな。
「これ、あの時のお礼!兄さんの代わりに持ってきた」
律儀にも菓子折りを持ってきたみどりちゃんに、俺の現状がバレたってのが始まり。精密機械は置いていないテーブルに転がる栄養ドリンクと、カロリーメイトの箱たち。キリが良いところまで、なんて思いながら作業をしていると手を止めるタイミングを忘れ、つい作業に没頭してしまう。その結果が、不規則な生活習慣に繋がっていた。不健康な自覚はある。
「え、いつもこんな生活してんの?」
「あー、まあ、否定はできねーな……」
「そっち、そんなに人手不足なワケ?」
「ってのもあるけど、正直、俺が楽しいんだよなあ。いくらでもやれる、つーか」
「だからってコレはやばいでしょ、体壊すし、……あ、ちょっと待って」
「うん?」
カロリーメイトの箱たちの上に、雑だか器用だか微妙なところだけど菓子折りを置いたみどりちゃんが鞄を開く。そういえばもう、セーラー服じゃないのか。短かった前髪もすっかり伸びて、右眼を隠していた。宝石のように煌めいていた目元は、その魅力を増すように化粧が施されていて、やっぱり綺麗だなあと思った記憶がある。
「はい、これあげる」
出会った頃の記憶と照らし合わせるようにぼけっとしていると、小さな保冷バッグのようなものを差し出された。咄嗟に受け取ったけれどこれはなんだと首を傾げる俺に、みどりちゃんはふふんと笑っていた。いま思い出しても可愛いなあ、おい。
「あたしのおべんと!今日さー、ちょっと寒いからスープジャーにお粥仕込んでんだよね。あ、他人の手作りムリなひと?」
「いや、平気だけど……」
「まあ手作り、つっても米入れて放置しただけだしね。急にご飯食べたら胃がびっくりするかもだから、それあげる」
「いやいや、みどりちゃんはメシどうすんの。このあと大学は?」
「午後休講になって帰るからへーき!それ、また取りにくるから返しに来なくていいよ」
じゃあね、と開発室を出るみどりちゃんを見送って、手元に視線を落とした。保冷バッグではなかったらしい。テーブルに散乱した栄養ドリンクやらを片付けて、スープジャーを開けた。ふわ、と湯気が立って、優しい匂いがした。
「……いただきます」
一緒に入っていたスプーンを手にする。持ち手が薄緑色のそれは、俺の手には少し小さかったけれど、みどりちゃんの手にはちょうどいいのか。なんて考えながらお粥を掬った。シンプルだけど美味くて、あっという間に完食したんだっけな。暫くぶりの温かい食事に、体がぽかぽかとして。
「タマに怒られっかなあ……」
小柄ながらも男前な性格をしたあいつは、弟妹のことが大好きなブラコンだった。俺からするとタマも年下だけれど、みどりちゃんはもっと年下で。うんん、と唸ってほんの少し、芽生えかけたそれにそっと蓋をした。出会った頃のことも、今日のことも。綺麗な思い出として覚えておくくらいなら、許されると思った。
「あー……、メシ食ったら眠くなってきた」
テーブルに突っ伏して、仮眠室に行くか迷った。スプーンとかも、どっかで洗わないとなあ。立ち上がることすら億劫で、目蓋が閉じていく。せっかくメシも食ったし、一度眠ってから考えればいいか。
このときの俺は、みどりちゃんの世話焼きに火がついたことも知らず、呑気に昼寝をしていたけれど。蓋をしたばかりのそれが何度も揺さぶられて、『先に惚れたほうが負け』の言葉が身に染みることになるなんて、思いもしなかった。
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惚れる