薄い薔薇色のシュガーを小瓶に詰めていく。ほんのり甘くて、疲労回復の効果を込めたシュガーはいつも薬といっしょに渡している。透明な小瓶にきらきらと輝くシュガーはわたしたちにとっては珍しいものではないけれど、人間たちには人気なのだとフィガロ先生が笑っていた。
小瓶にきゅっと蓋をしてテーブルに並べる。ふと、わたし以外の魔法の気配がして顔を上げれば、アクアマリン色の小鳥がわたしの周りをくるくると回っている。魔法で作られた小鳥に触れると、小鳥がふわりと宙に溶けて文字が浮かんだ。
「まあ、フィガロ先生からだわ。どうしたのかしら?」
フィガロ先生は南の国でお医者様をしていた魔法使いだけれど、少し前に同じく魔法使いのミチルたちといっしょに魔法舎へと向かった。みんな、賢者様の魔法使いに選ばれたのだと言って。わたしも塔の前まで見送ったのだけれど、こんなにも早く知らせが届くなんて。
手紙には前回の大いなる厄災に負った傷もだけれど、なにかと血の気が多い魔法使いもいるようだから、いくつかの薬草が必要と書いてあった。フィガロ先生にはお世話になっているし、今日の仕事といえばシュガー作りくらいだから、このまま向かおうかしら。作業着代わりのエプロンを解いて、呪文ひとつで身支度を整える。熟した苺のように真っ赤な髪が、白いワンピースの上でふわりと揺れた。
「《ディア・ヴラトゥリア》」
外に出て、箒に乗って空を飛んでいく。薬草が手元になくたって、魔法舎についてから魔法で呼び出せばいい。身一つで空を進んでいくと、通りすがりの子どもたちがこちらに手を振る。生まれ故郷では考えられない光景に、ふふ、と微笑いながら手を振り返してみる。厄災の影響はまだ残っているけれど、南の国はやっぱり平和だわ。
◆
南の塔を潜り、魔法舎に着く。フィガロ先生、あるいは顔見知りの魔法使いを探して歩いていると、建物の入り口らしきところで小さな人集りができているのが見えた。そこにはフィガロ先生もいて、ほっとして近づく。
「フィガロ先生、お待たせしました」
「やあ、アメリア。急に頼んでごめんね、こちらから受け取りに行けたら良かったんだけど、なにせ急患続きで」
「まあ、気になさらないで。どの薬草が必要かしら?いつでも呼べるように、準備はして、」
近づくにつれて、フィガロ先生以外のひとの顔がわかる。南の国では感じられない、強い魔力がいくつもあった。そのなかでも一際惹かれる魔力に目を向けて、堪らず息を飲む。忘れられない夜空に焼き付けた、胸を焦がし続けるガーネット。何百日も夢に見た、愛しいあなた。
「げ、」
「あら、まあ。オーエン様ではなくて?」
「人違いじゃない?だれ、オーエンって」
「うふふ、意地悪なことを仰らないで。わたしがあなたを間違えるわけがないでしょう?愛しいひと!」
「お前、わざと呼んだだろ、これを」
「ええ?なんのことかな」
フィガロ先生に詰め寄るオーエン様の傍らに寄り添い、ぴとりと腕に抱きつく。あの日、あなたに助けてもらってから夢に見ない日はなかったんだもの。わたしがあなたを間違えるわけがないわ。そっと見上げると、わたしの髪色と同じ色をした瞳がひとつ見えた。
片方の瞳はいつの頃か、夢の中でも色が変わっていたけれど現実もそうだったのね。瞳の色以外は、出会った頃と変わっていないように見える。硝子のように冷たくて、けれど悪戯な雰囲気を隠しきれていない可愛いひと。大体500年ぶりかしら。嬉しくて胸がぎゅうとなる。
「はぁ、……《クアーレ・モリト》」
「あら?」
胸に抱いた、腕の感触が急に消える。思わずフィガロ先生を見るけれど、「知らないよ」と肩を竦ませていた。けれど手のひらにはしっかりと、オーエン様に触れた感触が残っている。火照る頬に両手を添えて、うっとりと息を吐く。ほんとうに、恥ずかしがりな可愛いひとなんだから。
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