怒りと憎しみを、忘れられる日はなかった。
あの日の悪夢を、夢に見ない日はなかった。

しあわせを感じている時でさえ、ずっと。心の奥底ではそういった負の感情が燻っていて、硝子を掻くようにきしきしと音を立てた。それでもいつかは鎮火ができるのかもしれないと、思えるようになっていたのに。

冷気を感じて一拍を置いた頃には、焼けるような熱が広がった。頑丈な隊服が裂けて素肌が見えたと思えば、ぱっくりと開いた桃色の肉が見えて、そこから鮮血が溢れ出る。咄嗟に神経の隅まで呼吸を巡らせ、筋肉を固めて止血を試みる。

真横から体が掬われて、ひと息の間に離れたところへ降ろされる。わたしがいたところは、一瞬で凍りついていた。柔らかな藤の匂いがする。わたしを降ろした師範は、すぐに背を向けて日輪刀を構えた。

「下がって!」
「……し、はん」
「呼吸で血を止めることに専念しなさい、技の範囲に入らないようにね」
「その傷じゃあ助からないだろ、そうだ、鬼になるかい?鬼になればそんな傷、あっという間に治るぜ」
「なりません。その口を閉じなさい」
「どうして?俺はその子を助ける方法を言っているのに。人間のままじゃあ助からない、それとも君が助けを呼ぶのかい?呼吸には異音が混ざっているから、長くは戦えないだろうに」
「それでも、この子は渡しません」

「可哀想にねぇ」と嗤う鬼が、暗がりでも煌めく虹色の瞳を細める。その瞳には『上弦の弐』と刻まれていた。師範だって傷を負っているのに、わたしを庇うように日輪刀を構えて、攻めに転じている。――援護しなくては。そう思うのに、咳き込んだ拍子に喉へ絡まっていた血が口許を濡らした。

肋骨のおかげで肺まで傷ついてはいないけれど、血を失いすぎている。呼吸を使って止血をしている間も師範は止まらない。否、止まれない。動きを止めることは死に繋がると、思い知らされる。これが、上弦の鬼。わたしが、わたしたちが斃さなくてはならない存在。

「――ぁ、」

ぐら、と視界が揺れる。急激に失血したなかで呼吸を使っていたから、恐らく酸素が足りていない。血液だって、足りていない。こんなところで気絶は避けなければ、と思うのに耐えられずに膝をつく。目の前が暗くなって、頬が硬い地面に触れた。

師範、大切な姉さん。どうか死なないで。




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赤坂さん in鬼滅_壱