イベント『いつか面影の笑むキッチンで』


東の国、青鱗の街で起きた異変の調査をしていた面々が、キッチンを賑やかしているところを眺めるネロの隣に立つ。異変の調査はほとんど名目で料理教室をしていたと聞いた時には『本当にネロが頷いたのかしら』と少し驚いたけれど、調査のメンバーにリケがいたから、なんとなく察することはできた。

なにかを教えること、先頭に立つことに対してネロは「俺なんかには向いてない」といつも言うけれど、根っこは面倒見が良くて子供たちに優しいひとだから。ミチルやリケ、若い魔法使いたちのなかでも『幼い』年齢にあたる子たちには、なにかと甘いところがあった。

「お疲れ様、無事に解決して良かったわね」
「北の魔法使いもいたから大丈夫だとは思ってたけど、なんつーか、ほとんど飯を作って終わったよ」
「料理教室でしょう?」
「そう。みんなに振る舞うんだってさ」
「ふふ、いい子たちね。……ねぇ、聞いたわ」
「ん?」
「ネロが昔、いたところだって」
「あー……、飯屋な。俺も残ってるとは、思わなかった」

苦笑して、指先で頬を掻くネロの顔は思っていたよりも陰りはなくて、ほっとする。東の国での魔法使いの認識は、聞いたことがある。ネロは諦めることに慣れすぎているから、話を聞いた時に少しだけ心配になったけれど大丈夫みたい、なんて。

「嬉しかった?」
「どうかな、……でも、懐かしかったよ」

小麦色の瞳を優しく細めて、過去を見つめるネロの横顔を見上げる。「そう、」と呟いて、とん、とネロの腕に肩が触れるくらい近づく。首を傾けて「ん?」と見下ろす瞳にはもう、過去を懐かしむ色はなかった。

私の倍以上も生きる貴方の過去ができるだけ優しいものであってほしいと思うけれど、その600年に勝る現在でありたいとも思う。それから、1000年後も覚えていてもらえる現在でありたいとも。

「今度、私も行きたい」
「もう、店には入れねーけど?」
「構わないわ、貴方が生きていた街を見てみたいの」
「……じゃあ、そこで仕入れたものであんたの好物を作るよ。俺の部屋、キッチンあるからさ」
「嬉しい、楽しみにしてる」

そんな私のちっぽけな見栄や意地は、きっとネロには気づかれていて。柔い笑みとともに、編んだ髪が崩れないように優しく撫でる手に目を伏せる。リケたちに向けるように優しくて、けれどほんのりと甘さを含んだ視線がこそばゆい。

「ネロ!ここにいたのか」
「ああ、俺が厨房にいちゃ作り難いやつもいるだろうから」
「ちなみに、私もいるわよ」
「おはよう、スミカ!」
「おはよう、カイン」

香ばしい匂いのする大皿を片手に、快活な笑みを浮かべるカインの腕に触れる。カインはネロへ、持っていた大皿を渡した。

「作り直したんだ、ネロはまだ食べていないだろう?リケがサラダとスープを持ってくるから、食べてくれ。スミカの分も、持ってくるよ」
「ありがとう。でも、私には多いわ。ネロに少し分けてもらうから、サラダとスープだけいただける?」
「ああ!ネロもそれでいいか?」
「いいよ、俺もここにいて匂いで結構満腹だから」
「はは、わかる!ネロはいつもこうなんだなって、さっき思ったよ。じゃあ持ってくるから、待っていてくれ」
「はいよ、急がなくていいからな」

赤い髪を揺らしてキッチンに戻るカインを見送って、近くの席に座る。

「あんたなら、2切れくらいか?」
「ええ、貴方もそれで足りるかしら」
「デザートにアップルパイもあるんだ、問題ないよ」
「ふふ、ありがとう」

慣れた手つきで切り分けるネロを横目に食堂を見渡す。作るひとも、食べるひとも楽しそうに笑っていて『よかった』と一息吐いた。ネロ、貴方が知らないだけで、貴方はみんなを笑顔にすることができるのよ。





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雨は解れてもういない