なんとなく手合わせがしたくなって、空いているひとを探してラウンジに入る。最初の頃は空いている席のほうが多かったのに、今では空いている席を探すほうが難しい。
諏訪なら空いてるかもと思ったのに。金髪なんだから、目立ってよ。なんて口に出した日には「おめーもだろ!」と言われそうなことを考えながら辺りを見渡す。人の多さに眉を寄せると、近くにいたC級隊員たちがぎょっとした顔で一歩引いていった。
こんな時『みどりなら相手が誰でも、笑って噛みつくフリをしそう』だとか、『和花なら逆に自分がおろおろとして、相手を和ませるんだろうな』と思うけれど。す、と目を逸らすと安堵の感情が伝わってきて、内心苦笑する。
初対面の相手に怯えられることは初めてではない。黒歴史とも呼べるあの時期にはその感情にすら苛立っていたけれど、今はそうでもないから少しだけ申し訳なくも思う。角ばかりだった石が水底で転がり続けて、いつしか丸くなるように。変わり続ける組織のなかで、たくさんのひとと関わり続けて、私も少しずつ変わっていった。
いつだったか、みどりに「私って、変わった?」と聞いたことがある。みどりは「あたしから見たら、変わってないけどね」と笑っていたけれど、それはつまり、みどりや親しいひと以外には変わったのかもしれない。否、変わったのだと思う。C級隊員から離れるように進んでいると、その原因とも呼べる男の感情が飛んでくる。
「……いや、見過ぎでしょ」
ついと視線を向けると、隊員たちに囲まれた状態でこちらを見ている嵐山と目が合って、ぽつりと溢す。嵐山から向けられる感情は、目が眩みそうなほどにまぶしい。水底から見上げた水面が柔らかく光を反射して、絶え間なく揺らめきながら光の欠片を降らし続けるように。思わず手を伸ばしたくなるほど綺麗に輝いている。私が水底で転がり続けている間も、ずっと。
敵わないな、と思いながら見ていると、目が合っていることに気づいた嵐山がぱっと笑顔を浮かべる。けれど、隣にいた隊員に声をかけられて、その笑顔のまま振り向いていた。少し前なら、それでいいと思っていたのに。なんだか面白くなくて視線を下げると、サンダルから覗く爪先が私を見ていた。
「……ふ、」
笑いそうになって、思わず口元を隠す。暑くて適当に履いたものだから、忘れていた。何日か前に、みどりの部屋に泊まった時のことを。
練習するから貸して、と言われて抱えられた足は、スマホを弄っているうちに綺麗に彩られていたのに、そのうちのひとつだけ悪戯をされたんだった。
「ちょっと、なにこれ」
「んー?可愛いでしょ、わんこ」
「いや、なんかぶさ、……独創的、これだけ」
「不細工って言おうとした?」
「してない、してない。なんで笑ってんの、この犬」
「あんたと言えばわんこかなって」
「は?」
「あとさー、あたしは元気になるからネイルしてんの。指の先まで綺麗なあたし最強!くらいの気持ちで。だから下向いた時に、これがあったら元気になるかなって」
どうよ、と笑ったみどりの手元でつやりとしていた間抜け面の犬が、いま、欠けることなく私を見ている。贔屓目に見ても可愛くはないけれど、元気にはなる。ちょっと崩れた顔を見て、笑えるくらいには。
ここにはいない親友に向けて『やっぱり私、変わったよ』と内心で告げる。その変化ごと、みどりは変わらずに受け入れてくれると思う。けれど、それは嵐山も同じかもしれない。顔を上げると、もう一度目が合う。今度こそ目を逸らさずに少しだけ笑うと、目が眩むほどの笑顔と感情が返ってきた。
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透きとおっていく日々に