『早朝、空色を結わえて』から
日本にいた頃、規則正しいとは言えないけれど早起きな生活を送っていたものだから、その習慣は根付いていて。不思議だらけの異世界に来てからも、早起きな部類だと思っていたけれど。
ちいさな布擦れの音を拾って、重たい瞼を開く。隣にあったはずの温もりに手を伸ばしても、宙を切ってぱたりとシーツに落ちる。
「……ろ、」
「ああ、起こしちまったか」
悪い、と謝る声に首を振る。眠気を振り切るように瞬きをしていると、シーツに落としたばかりの手が大きな手のひらに包まれる。私を傷つけることがない、温かくて、優しい手。
擽ったくて、ふふ、と柔い笑気が漏れる。日本にいた頃の私からは、想像もできないわね。少しだけ手を動かして、長い手指に私のそれを絡ませる。伝わる体温が心地良くて、折角開いた瞼がとろりと塞がってしまう。
「まだ起きるには早い時間だから、もう少し寝てな」
「ん、……でも、」
「今日はどうせ北と南も任務に行ってるから、作る量はそんなに多くねぇよ」
「うん、」
「あんたの分はここに運ぶから、起きたら一緒に食べよう」
「……ん、ね」
「うん?」
「なまえ」
眠る前にと、もう一度瞼を開く。少しくしゃりとなった空色の髪はまだ結われていなくて、いつもより無防備な姿が可愛いと思う。うんと年上の彼に『可愛い』なんておかしいかもしれないけれど、可愛いものは可愛い。
繋いでいないほうの手が、私の前髪に触れる。視界に影ができて、薄いネロの匂いに包まれる。額に残された柔い感触に、ふ、と息を吐いた。
「おやすみ、スミカ」
「……おやすみなさい、ネロ。あとで、おはよう、って」
「ああ、言いに来るよ。朝飯持ってさ」
「ん、」
次に起きる時はきっと、甘い麦の匂いを纏っているネロを瞼に描いて、そのまま伏せる。穏やかに凪いだ感情は乱されることなく、けれど優しさに満たされている。お守り代わりの祝福は、きっと私に幸せな夢を見せてくれる。
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ここにある幸福