私のものよりも小さくて、うんと柔らかな手を左右に繋いで駆ける。本当は片手を開けていたいけれど、痛いくらいに握られた手を離すことのほうが心配で、汗ばんだ手をしっかりと繋いでただ足を動かした。

一塊になって走る私たちの前後では時折、少し離れたところから金属音や何かがぶつかる鈍い音が聞こえる。それでも足を止めることなく、私たちの前で道を作っている望ちゃんの背を追いかける。迷いなく進み続ける姿は、きっとふたりの力になっている。もちろん、私の力にも。

それでも緊張感から「せんぱい」と小さく呼ぶ声に視線を下げて、不安に揺れる瞳に笑みを浮かべる。ただの買い出しがこんなことになるなんて、びっくりしたよね。大丈夫、一緒に帰ろうね。強く握られた手にほっとして、視線を前に戻す。殿には、あずみ先輩がいた。



委員会活動の一環で買い出しに行くことになった私は、あずみ先輩と望ちゃん、それからきり丸くんと怪士丸くんの5人で近くの村を訪れていた。

図書委員会で必要な物の他にも、ついでにと頼まれた買い出しを手分けして行えばそれほど時間がかかることもなく、目的の物はすぐに集まった。普段は1年は組の子らしく好奇心旺盛なきり丸くんも、一緒にいるのが私たちだからかいつもより大人しいように見えて、なんだか微笑ましい。

「買い忘れはない?」
「そうですね、不足していたものは揃ったかと」
「結構多かったすね、おれ、大きい包み持ちますよ!」
「ふふ、ありがとう。他の委員会に頼まれたものもあるからね」

大きいとは言っても5人で分けているからそこまでの荷物ではなくて、差し出された手にそっと風呂敷を乗せる。器用に背中へ回して、背負うように風呂敷を結んだ姿を見て『大丈夫そうかな』と一息吐く。重たいようなら別の荷物にしようと思っていたけれど、それほどでもないみたい。

くい、と袖を引かれる感触に振り向けば怪士丸くんが向ける期待の眼差しに思わず顔を綻ばせて、その手に包みを乗せた。私もこういう頃があったなぁ、先輩方のお手伝いができることが嬉しかったの。包みを大切そうに懐へと仕舞うところを眺めていれば、確認を終えたあずみ先輩が私たちを呼ぶ。

「お待たせ。みんなのおかげで書い忘れもないわ、ありがとう」
「それなら良かったです」
「この分だと暗くなる前に帰れそうですね」
「ええ。時間があれば塩、ええと……甘いものでも食べたかったのだけど、それはまた今度にしましょうね。さ、学園に帰りましょう」

はぁい、と良い子の返事をする後輩たちに和みながら村を出て、来た時も通った道を歩いていく。授業後の買い出しはそれなりに疲労感はあるけれど、図書室にいる間だけでは見られない一面も見られる。図書室では静かにしないといけないから、こうやって鼻歌まで歌う姿なんて見られない。

ふんふんとご機嫌に、元気な足取りで歩くふたりを見守りながら歩く。いつも顔色が悪いように見える怪士丸くんも血色が良く見えるのは、夕焼けに照らされている影響だけではないと嬉しい。――けれど、学園までもう半分ほどのところで異変は起こってしまった。

「……っ、望ちゃん」
「はい」

突如注がれる不躾な視線に、少し開いていた距離を詰めて後輩たちを背に隠す。あずみ先輩が望ちゃんを呼んで、私たちよりも前へと飛び出した望ちゃんが辺りを見遣れば、いかにも『山賊』といった風貌の者が数人、こちらを値踏みするように見ていた。

狙われているのが私たちならどうにでもなったのに、相手の視線は明らかに後輩たちに向いていて、優先順位が女性よりも子供なのだと分かる。幼い子供なら簡単に従えられると思っている、いやな視線。それが後輩たちに向けられていることが不愉快で、きゅっと眉を寄せる。

下卑た笑みに、それほど手入れもされていない武具。どちらも口を開かないまま、いつでも動けるように気を配っていれば背に触れる微かな感触。するするとなぞる指先が示す内容にひとつ頷いて、後輩たちの手を握る。ふたりの手は指先までひんやりと冷えていた。とん、とんと背に触れる指が数を刻む。

「……行くよ」

ふたりにだけ聞こえるよう潜めた声に、手を握る力が強くなる。とん、と優しく背を押す指に従って一歩踏み出す。同時に私たちよりも大きく踏み込んだあずみ先輩と、それに反応した望ちゃんが道を塞ぐ山賊たちを倒す。

倒れた山賊の間を縫って、そのまま前へと駆ける望ちゃんの背を追うように走れば、背後で煙玉が破裂する音がした。苦しむ声が聞こえるから、火薬の他にもなにかが混ざっているのかもしれない。買い出しだったのに準備が良いです、あずみ先輩。

「せ、せんぱい……っ」
「大丈夫だよ」

震える声に応える。貴方たちの先輩は、とっても強いんだから。



「ありがとう、海ちゃん」
「あずみ先輩!追手はもう?」
「ええ、もういないわ。だから残りは事前に待ち伏せがされていないか、だけれど……」

右手に繋いでいた怪士丸くんが、あずみ先輩の手に渡る。それから前方に視線を送ったあずみ先輩の言葉が途切れて、その理由に思い当たって苦笑する。

道中でいつの間にやら刀を奪っていた望ちゃんが、山賊を峰打ちで倒していた。そうなんです、今のところ安全な帰路なんです。だから私も、ふたりの手を離すことがなかった。離す理由もなかったから。

「流石ね」
「はい。……ふたりとも走りっぱなしでごめんね、大丈夫?」
「は、はい……っが、学園まで、もうすこし、ですよね」

息を切らして、それでも頷いてくれるふたりに頷く。もう少し走れば学園が目視できるところまで出られるはず、と遠くを見るように目を細める。夕焼けは、少しずつ沈み始めていた。

「今日の授業で麻子ちゃんが設置した罠、覚えてる?」
「わ……っ、う、うん。向こうのほうだよね」
「そう、あれがまだ残ってるから誘導する」
「残ってたの!?」
「明日、忍たまの授業で使いたいからと言われて。この辺りは上級生しか来ないから」
「なるほど……えっと、じゃあ、先行するね」
「お願い」

音もなく下がってきた望ちゃんに言われて、道を逸れて山の中へと入る。上級生が授業で使うことが多い山の中には、いくつか罠が残っていることがあった。今回はそれを使うみたい。

きり丸くんの手を引いたまま山に入るのは少し不安。抱えられたら良いのだけれど、走りきれる自信がないからなるべく進みやすい道を選んで、仕掛けを避けて進んでいく。

今日はくのたまの上級生で組分けをして陣取りをした。勝敗の条件は各組で設置した旗を奪うこと。私たちと同じ組になった麻子ちゃんは、誰も旗に近付けないようにと様々な仕掛けをしてくれた。旗に到達できるのは仕掛けた本人と、仕掛けを見ていた私たちだけ。

「きり丸くん、私の後ろを走ってね」
「っ、はい……!!」

罠が作動しない地面を見分けて、旗が刺さっていた場所まで進む。私に次いで駆け込んできたあずみ先輩たちに止まるように告げて、乱れた呼吸を整える。隣に座り込んだきり丸くんの背中を撫でながら、周囲の気配を探る。離れたところから足音がした。

望ちゃんが音を立てなくても、山賊たちが音を立てるから分かりやすい。相手が忍であればこんなに易しくはなかったから、不愉快な思いはしたけれど忍ではなくて良かったと思う。懐から取り出した手拭いできり丸くんの汗を拭いながら怪我がないかと確認していれば、ガサリと音を立てて幾人かが飛び込んできた。

「遅くなりました」

とん、ととんっと軽やかな足取りで私たちの傍らに降り立った望ちゃんがすぐに背後を振り返る。当然、私たちとは違って仕掛けなんて知らない山賊たちは、こちらへと近付くために罠を踏む。

ひとつ、踏めば地面に隠されていた網に囚われて、木に吊るされる。ふたつ、連動するように仕掛けられた罠が飛び出して、吊るされた網の下に先の潰された杭が出る。みっつ、ついでとばかりに頭上から降った目潰しが破裂すれば存分に込められた山椒や、その他いろんな刺激物の所為で悶絶することになる。

念の為にと風上にいた私たちは、風下の惨状に一歩引いた。想像していたよりも被害が大きいように見える。旗を守るために風下にいたら、味方も道連れになっていたかもしれないと不安になった。張りきってたもんね、麻子ちゃん。

しばらくして煙が晴れて、目潰しの中身が風に流れたことを確かめながら山賊たちに近付く。思いきり咳き込んでいる、涙や鼻水でどろどろになった姿に苦笑した。

「えっと、……うん、帰って先生方に報告しましょうか」
「そう、ですね!ふたりも疲れたよね、早く帰って休もうね」
「いやぁ、アレを見たら全然…っすね……」

ハハ、と空笑いをするきり丸くんと、血色が良くなっていたのにすっかり青褪めた怪士丸くんの頭を撫でる。ちがうの、今回はたまたまこうなっただけで、忍たまのみんなに向けた罠じゃないからね。もしかしたら明日、上級生の誰かが犠牲になっていたかもしれないけれど、ふたりはまだ大丈夫だよ。

なんて、どれを伝えてもうまく伝わらない気がしてううんと首を傾ける。その間も頭上ではぐずぐずと顔中の体液に苦しむ音が聞こえていた。

「帰りが遅くなったから、中在家先輩が心配されているかもしれませんね」
「あ!あと頼まれていたもの、配らないとですよ!」
「そうね。私が先生方に報告するから、みんなはそれぞれのおつかい、お願いできる?」

はぁい、と重なる返事にそっと息を吐く。順番は変わって、先頭を歩くあずみ先輩に続いて後輩たち、それから私と望ちゃんが歩く。ふたりと繋いでいた手が、今更だけれど少し震えていた。

「お疲れ」

肩をぽんと叩く手に、隣を見る。疲れを滲ませない表情に、だけど少しだけ乱れた前髪に目を細める。きっと今も、残党がいないか気を張っているんだろうなあ。

「望ちゃんも、お疲れさま」

指先で軽く触れて、乱れている箇所を直す。珍しく目を丸くしている望ちゃんに、ふふ、と笑う。伸ばした指先はもう、震えていなかった。




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春風に討たれて