最も幼い頃の記憶といえば、私を抱き上げる細い腕が温かくて「もう大丈夫よ」と囁く声に安堵したことを覚えている。微睡みのなか聞いた声は、とても優しかった。いくつの記憶かは分からないけれど、抱き上げられるくらいだからうんと幼い頃なのだと思う。

私は所謂『捨て子』で、両親の顔も名前も知らないけれど、捨てられること自体は下層区では珍しいことではない。弱肉強食。強い者が生きていくことができて、弱い者は淘汰される世界。それが下層区だった。

下層区の限られた資源のなかで生きていくには仕方のないことで、力を持たない幼い子供に価値はない。私だってそんな風に思いたくはないけれど、これが下層区での現実で、だから私は捨てられた。

それでも私は運が良いほうで、下層区で生きる女性たちを統べるシナ先生に拾われて、なにひとつ不自由することなく育てていただいたから、余計にそう思うのかもしれない。幼い子供にだって価値がある、と。

「海ちゃん、少し良いかしら」

武器を手入れしながら、ふと昔のことを思い返していた私に声がかかる。顔を上げると、シナ先生の側近とも言われているあずみさんがいた。作業を止めて立ち上がると、優しく微笑んだあずみさんが「座っていて」と近くのソファーに腰を下ろしたから、それに続くようにもう一度座る。

あずみさんは私が拾われる少し前にシナ先生に拾われたらしい。なんでも、売り飛ばされそうになっていたところを助けられたのだとか。同時期に拾われたさなぎさんと役割を分担するように、私たちの面倒を見てくれている。

組織が家族でもある私にとっては姉のような存在で、尊敬できる優しいひと。あずみさんが困っているのなら少しでも手助けできればと願わずにはいられないから、言い淀む姿を見て私から問いかける。

「なにか、ありましたか?」
「……ごめんね、最近負担をかけていることは分かっているのだけれど、頼まれてくれる?」
「ふふ、勿論です。これくらい全然負担になんて、なっていませんから」

眉を下げるあずみさんに、ぐっと握り拳を作ってみせる。実際、ここ数日の任務だって負担にはなっていない。私が行ったことなんて取引が邪魔されないようにスコープを覗いていたり、闇オークションの会場で目標が逃げ出さないように脚を撃ち抜いたり、それくらいのことで。前線にいるみんなと比べても怪我だって負っていない。

「私にできることなら、なんだってやります」
「……ありがとう、とても、頼もしいわ」

和らぐ眼差しに、きゅっと口角を上げる。組織に拾われてから文字の読み書き、数字の計算、生きていくための知識のほかに戦う術を学んできた。幸い私には少しだけ才能があったようで、狙撃の腕は組織のなかでも随一だと自負している。

なにも持たない私の、唯一の取り柄。それがあずみさんの、みんなの役に立つのであれば辛いことなんてひとつもない。家族を守ることができればそれで良いのだからと、この時はただ、そう思っていた。




表紙 / top


1.美しかった記憶の欠片