午後の授業が終わって、放課後になる。その頃には手首の痛みは誤魔化しきれないものになっていて、動くたびに主張するものだから、顔へ出ないようにする必要があった。
実技の授業で振り降ろされた苦無を、鉄扇で受け流そうとして失敗した。変に力が入って、軽く痛めたことは組み手が終わってすぐに分かったけれど、放置していた所為で悪化している。
小さく息を吐いて、痛む左手をあまり動かさないように気をつけながら、長机の上を片付ける。
「あれ、長屋へ戻るの?」
「うん。……今日、いっしょに当番だったよね、委員会」
「そうだね、私たちと1年生が当番だったかな」
「なるべく急ぐんだけど、ちょっと用事があって、少し遅れるかもしれないの。ごめんね」
「急に窓口が混むこともないだろうから大丈夫、気にしないで」
ありがとう、と眉を下げる私へと軽く手を振ってみせた望ちゃんに見送られて教室を出る。小さな教室からは、くのたまたちの柔らかな声が溢れていた。
教室を出て、くのたまの長屋に向かえば途端に静かになる。今の時間だとあまり長屋に人はいないから、当然と言えば当然なのだけれど。
下級生の部屋が集まる辺りを過ぎて、上級生の部屋が集まっている区画になれば少しだけ気を遣う。解除されていれば良いのだけど、悪戯に仕掛けられた罠が残っていることもあるからだ。
「この間なんて、たくさんお花が降ってきたんだよね」
罠というには可愛らしい仕掛けを思い出して、自然と頬が緩む。なんでも、その前に仕掛けた罠が『やりすぎ』だったらしく、嗜好を変えてみたらしい。本人は刺激が足りないと飽きていたから、一度きりの貴重な仕掛けだったかもしれない。結構な量があった花は生けたり、押し花にしたりと暫く長屋を彩っていた。
なんてことを思い出していれば、向かい側から見知った姿が歩いてくるのが見える。やさしい胡桃色の髪が、風に揺れていた。
「戻ってくると思ってた」
ふわりと目を細める沙子が、両手に持った薬箱を見せる。隠し通せていると思っていた怪我は、いつの間にか伝わっていたことが分かって、情けなく眉尻を下げた。
「結構痛いんじゃない?」
「……大丈夫だと思ったんだけどね、悪化しちゃった」
「少しの怪我でも早めに手当てしようねって言ったのに、忘れちゃった?」
もう、とわざとらしく怒ってみせる姿に胸がきゅっと痛くなる。怒っているわけではなく、心配をかけてしまったことが申し訳なくて、右手で教科書を抱き締める。
「ご、ごめんねぇ……、忘れてなんかないよ……!」
あまりに情けない声に、沙子が目を丸くしてからころころと笑う。
「知ってる。大丈夫だから、手当てしようね」
片腕に薬箱を抱えて、ほら行くよ、と背中を押す手のひらにきゅっと縮こまっていた胸が温かくなる。ゆっくりと自室へ向かいながらずび、と鼻が鳴った。
表紙 /
top
安らぎの道標