ころん、と舌で飴玉を転がしながら指先をキーボードの上で踊らせる。モニターに映る英数字の羅列が次々と流れては消えていく。淡く色付く小指で軽やかにエンターキーを叩けば、頼まれていた仕事は完了。

両手を上に伸ばして、肩や背中の筋肉を解す私を囲んでいるのは何枚ものモニター。監視カメラの映像を映しているものもあれば、無数の数字が泳ぐモニターもある。この組織で正しく理解できるのは私だけ。ブルーライトに照らされる小さなサーバー室は、私の城だった。

花の模様が入るヘッドホンをつけて、お気に入りの音楽を流す。私に用事があるひとも直接ここへは来ないから、音が大きくても問題はない。特別に作らせたチェアは座り心地が良くて、何時間だってモニターに向き合っていられる。

ここ数日は、不穏な噂が流れている組織から抜き取った情報を精査していた。いくら直接抜いたとはいえ、それが正しいとは限らない。間違った情報を渡せば、それだけ仲間が危険に晒されてしまうから、ひたすら電子の世界に潜っていた。それも、今日で終わりそうだけれど。

「ふふーん、私の目を誤魔化そうたってそうはいかないんだから」

調べ上げた情報に相違がないことを確認して、あずみさんとさなぎさん、それからシナ先生へと送る。完全に黒ですよー、と添えた言葉がどう転ぶかは分からないけれど、私たちに害を為すなら潰せばいいのだ。

下層区の伝説とも言われているオオカワさんが率いている組織と抗争を控えているみたいだけれど、そんなまどろっこしいことを待たないで、こちらが余波を受ける前に対処してしまえばいい。かつて私が、――ううん。私と望ちゃんが、そうしたように。

数年前まで私は上層区で暮らしていて、下層区のことをなにも知らなかった。どんな場所で、どんな生活をしていて、どんなひとがいるのか。そもそもひとが暮らしていると想像することもなく、興味を持つこともなかった。だってそれ以上に興味を唆られる、電子の世界があったから。

「思えば少し、傲慢だったわね」

小さくなった飴玉をがり、と噛み砕く。甘い欠片が口内に広がって溶けていく。思い出すだけで胸をひりつかせる記憶を沈めるように細く息を吐いていれば、通知音とともにモニターの端にメッセージが表示された。

シナ先生はお忙しいひとだから、あずみさんかさなぎさんが送ったばかりの情報にもう目を通したのかな、と当たりをつけてメッセージを開く。送信者は想像通りのあずみさんで、けれど内容は想像していたものと少し異なった。

デスクに置いた透明な瓶の中から、新しい飴玉をひとつ取り出して口に放る。手に馴染むマウスを滑らせて、モニターを切り替えていく。ヘッドホンから流れていた音楽を止めて「もしもーし」と声をかけると、鈴の音を優しく鳴らしたような声が聞こえた。音質良好。今日はもう少し、仕事が増えるみたい。




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2.永遠などないとわかっていたの