十数年前、シナ先生に救われてからいくつもの出会いと別れがあった。あの頃はいちばん幼かったわたしも、いまでは最年長になり、下の子たちを率いる立場になった。同じスラムで生まれたさなぎも、わたしと同じような立場にいる。
組織のアジトでもある屋敷の外側で指揮をしているか、内側で指揮をしているかの違いで。けれどわたしは、さなぎが外の子たちと一緒に戦っているから内側で安心していられるし、さなぎだって同じように思っていると信じている。帰ってくる場所をわたしが守っているから、外で戦えるんだって。
わたしたちを助けてくれたシナ先生に恩を返すため、わたしたちを温かく迎え入れてくれた組織に報いるため、大切な家を守るため、時には心を殺さないといけないこともある。それが時に、苦しい。
出会った頃からひどく気配が希薄なあの子を探すことは、なかなかに難しい。すれ違う子たちに挨拶を返しながら、広い廊下を歩いていく。道中、短く震えて通知を告げた端末を見れば数日前、麻子ちゃんに調べるよう頼んだ情報が分かりやすくまとめられていた。
「やっぱり、黒なのね……」
小さく息を吐いて、談話室に続く扉を開く。探し始めて20分弱。ようやく見つけた目的の人物――海ちゃんは、ひとりで武器の手入れをしていた。
「海ちゃん、少しいいかしら」
声をかけると、柔らかな髪が揺れて顔が上がる。妹のような存在でもあり、わたしたちを守る狙撃手でもある海ちゃんは、わたしがシナ先生に救われてから少し後に拾われた女の子。
わたしとさなぎと、もうひとりいたスラムでの暮らし。あの子を見失った穴を埋めるように、伸ばされた小さな手を握って必ず守ろうと誓ったのに。気がつけば海ちゃんは、わたしたちを守るための術を身につけていた。
怪我をしなかったから、なんだと言うの。外に出れば安全な場所なんてないのに、わたしは今日も海ちゃんを外に出さなければならない。けれど、わたしが悔やんでいると知れば素直な海ちゃんは悲しむから、揺れる心を殺して笑みを作る。
「私にできることなら、なんだってやります」
「……ありがとう、とても、頼もしいわ」
頼もしいと思っているのは、本当よ。それ以上に無事を願っているだけなの。そっと息を吐いて、懐から取り出した写真を1枚、テーブルの上に置く。
「明日、この男がとある組織と取引をするの。最近良くない噂が流れている組織があるでしょう?そこに渡ってほしくないデータを持っていて」
「それを、止めるのでしょうか」
「ええ。この男はね、人を売ったり、質の悪い薬物を流したり、悪いことを重ねてきたの。例の組織と手を組めば、下層区のバランスが崩れてしまう恐れがある。だから、データが渡る前に止めてほしい」
「任せてください!私だってシナ先生やみんなを、守りたいって思ってるんですよ」
「ありがとう。……明日は、麻子ちゃんがサポートに入るから、事前に打ち合わせをしておいてね」
写真を手に取って、柔く笑みを浮かべる海ちゃんの髪をそっと撫でる。わかりました、とこちらを見る瞳は何年経っても変わらず、下層区では珍しいほどに澄んでいた。送り出すのはわたしだけれど、どうか無事に帰ってきてね。
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3.あの世の果実をもぎとって