用事があるからと、談話室を出るあずみさんを見送ってからテーブルに広げていた武器を片付けていく。私がいちばん得意としているのは狙撃だけれど、下層区は治安が悪いから護身術や、ちょっとした武器の扱い方は身についている。

それに、自分の身を守れないとひとりでの外出は許されていない。窮屈に思えるかもしれないけれど、それくらいしないと下層区で生きていくことは難しい。いつだって、女の子や子供は狙われやすいから。

腿のホルダーにナイフをしまって、ふ、と息を吐くと起きている間はいつも着けているインカムが音を立てる。組織に所属しているからといって、四六時中インカムを着用する義務はないけれど、いつ呼ばれても良いように私は着けていた。

『もしもーし、聞こえる?』
「うん、聞こえてるよ、麻子ちゃん。明日のことかな?」
『正解!とは言っても、向こうも少人数で取引を行うみたいだから、私たちも表立っては動かないの。ほら、オオカワさんのところには目敏いのがいるじゃない?』
「ふふ、そうかもね」
『そうかもじゃなくて、そうなの!』

もうっ、と言葉尻は上がっているのにころころと楽器が鳴っているような声がインカム越しに届いて、思わず頬が緩む。麻子ちゃんに気づかれると、笑い事じゃないと怒られてしまうかもしれないから、気づかれないようにしないと。

麻子ちゃんは3年くらい前にシナ先生がどこからか連れてきた子で、当時の組織ではあまり得意とするひとがいなかったサイバー面の能力に秀でている女の子。キーボードを叩く指なんて、私の3倍くらいは速いと思う。麻子ちゃんがいるおかげで、私たちの情報は守られているし、安心して端末を使っていられる。とびきり可愛くて、頼れるサーバー室のお姫様。

そんな麻子ちゃんが怒っているのは、少し前にハッキングを仕掛けられたから。こちらに入り込まれる前に特製のウイルスとともに追い返したのに、すんでのところで逃げ切られてしまったらしい。残っていた痕跡から大川組の手先と疑っているらしいけれど、まだ特定には至っていなくて、暇な時に探っているのと言っていた。

『と、そんなことより、端末にマップを送ったから確認できる?狙撃可能なポイントを2つには絞ったから、あとは海ちゃんが決めたほうを私がサポートするね』
「ありがとう!少し運動がしたかったから、これから見に行こうかな」
『逃走ルートも何通りか考えてはいるから、確認できそうだったらしておいてほしいかも』
「うん、いつもありがとう、麻子ちゃん」
『これくらいお安いご用よ。最近どこも物騒だから、気をつけてね』

はぁい、と返事をしてインカムを切る。丸腰で下層区を歩くことはできないから、ナイフをしまったレッグホルダーはそのままにして談話室を出る。屋敷にいる子たちとすれ違うこともあるけれど、ほとんどの子は私がいることに気づかない。

私はどうにも、気配が希薄なのだとよく言われる。隣にいても暫く会話をしなければ意識から外れて、私がいることを忘れるひともいるほどに。『私が捨て子だったから』『生まれ持った素質じゃない?』とか、いろいろ言われているけれど私はあまり気にしていない。だって、隠れて動くにはちょうど良かったから。

動きやすい黒色のタートルネックとショートパンツ、組織の名前にもある桃色のパーカー。足音を殺せるミリタリーブーツも黒色で、もしものときはパーカーを捨てれば組織に繋がるものなんてひとつもないし、暗がりに紛れる時にも便利だと思っている。

服装にすら好みではなく利便性を求める私に、いつも「もう少し、海のことを大事にしてほしい」と伝えてくれるひともいるけれど。何年経ってもピンとこなくて、それがなんだか寂しい。

屋敷を出て門口に向かうと、見張りをしていたさなぎさんが私に気づいて片腕を上げる。気をつけろよ、と送り出す声に頷いて門を潜る。そういえば、あずみさんとさなぎさんは私から声をかけなくても、いつも気づいてくれるなぁ。




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4.届かなかった小指の約束