下層区で生まれた俺たちは『空』を知らず、少ない資源を奪い合いながら下層区で生きて、死んでいく。家族や仲間を飢えさせないために争いごとは日常茶飯事だけれど、下層区で生きていくうえで必要なのは実力だけではない。
俺は運が良かったから、ボスが目を光らせている区画で生まれることができた。生まれ持っての運がないと、掃き溜めで生まれるやつもいる。下層区のなかでも無法地帯のあそこで生まれた日には、赤子の柔い肉を求める輩に喰われた、なんてこともあり得る。だから俺は、運が良い。
運が良かったから、四肢のひとつも欠けることなく育つことができて、大川組の一員にだってなれた。直接は言いたくないけれど頼りになる先輩に、命を預けられる同輩、可愛がっている後輩だっている。無茶振りばかりするけれど下層区では名の知れたボスに、刺激的な毎日。
それでも、いろいろと面倒だなあと思わずにはいられない。下層区のなかでは、恵まれている自覚はある。ただ、物心がついた頃からなにかが足りない、欠けている気がしてならない。これだけの仲間に囲まれても、変わらずに主張を続ける『飢え』とも呼べる渇望。これが埋まらない限り、俺はなにひとつ満足だって言えない気がして。
アジトの窓辺に座って考えながら、下層区を照らす街灯の色が変わっていく様を眺めていると、背後で小さく足音がする。こつり、と一度だけ鳴ったのは相手がわざと鳴らしたからだろう。
「勘右衛門、ちょっと頼まれてくれるか」
「なぁに?」
名前を呼ばれて振り返ると、三郎が立っていた。三郎は俺と同時期に大川組に来たやつで、大抵のことは人並み以上にできる天才肌。最近は諜報活動をしていたんだっけ、と思い返しながら首を傾げた。
「俺が張っていた奴らが、あの辺りで不審な動きをしていたから見てきてくれないか」
「見てきてくれって、お前なぁ……結構大変なんだよ、道がごちゃっとしててさあ」
「だからお前に頼んでるんだ。あの辺りで動き慣れているのは、お前だろう」
俺が座っていた窓辺に近づいて『あの辺り』と三郎が指したのは、抗争が相次ぐ影響で道が入り組んでいるエリア。壊れた家屋に紛れて変な商売を始める奴もいるからたまに見回ってはいるけれど、げえ、と顔を歪める。それでも「もうこんな時間なのに?」と口にしなかったのは、珍しく三郎が本当に悪いと思っているような顔をしていたからで。大きく溜息を吐いて、立ち上がる。
「貸し、ひとつね」
軽く肩を叩いて、その場を離れる。アジトを出るまでの間にも、後輩たちとすれ違う。大川組に入って数年、気がつけば先輩よりも後輩の人数のほうが多くなっていた。訓練か見回りを終えたばかりだろうに、元気だなあと独り言ちた。
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6.実らなかった花を抱きしめた