桃色の衣に映える艶やかな黒髪は動くたびに揺れる。触れずとも絹のような手触りであることは容易く想像ができるほど柔く流れるのに、癖ひとつない髪はまるで彼女の性格を表しているようで、自然と見る者の目を引いた。
長い睫毛に縁取られ爛々と輝く瞳は福富屋のしんべヱが持ち帰る土産や、南蛮由来の積荷でたまに見る上等な飴玉や、硝子玉を思い出させる。興味の赴くまま、好きなものへと目を向ける時には眩いほど、その瞳から感情が注がれる。
忙しなく動く指先は華奢にも関わらず、ヤスリで磨いたばかりの木材へと迷いなく縄を絡めていく。高村麻子の仕掛け罠といえばくのいち教室で収まることを知らず、忍たまの間でも噂が広がるほどの仕上がりだ。
またなにか思いついたのかと思わずにはいられないのに、鼻歌でも聴こえそうな顔を見せられてはなにも言えやしないと、鉢屋は息を吐いた。小さくとも分かるその溜息に、麻子は顔を上げる。
「もう、なに?言いたいことがあるなら言えば?そんなに見られると、手元が狂いそうよ」
「はは、それくらい麻子の心を動かせるのなら僥倖だな」
「はぁ?意味がわからないわ」
作業の手を止めるや否や、不満げな表情を浮かべる麻子を見て、鉢屋は軽く口角を上げる。その愛らしい容貌に反し『綺麗な花には毒がある』を体現するかのように苛烈な女が、だれの言動に一等こころを揺さぶられるかなど、とうの昔に男は知っていた。
「なあ、麻子」
「だから、なにってば」
「君は今日も、可愛いな」
陶器のように白い肌が、淡く染まる。両の指先に絡ませた縄をぴんと張り、わなわなと震える麻子の姿は滅多に見られるものではなく、上手く隙をつけたものだと鉢屋は目を細めた。なかなか難しいのだ、この女の隙をつくことは。
傍らに置いていた木片を掴んで振りかぶる麻子の細い手首を、薄くとも硬い手のひらが掴む。変装を得意としている鉢屋の手は誰にでも化けられるように整えられていて、けれども確りとした男の手だった。
手のひらに触れる脈の速さにうっそりと笑みを深めて、切り揃えられた前髪に目許が隠れそうなほど俯く麻子を覗き込む。
体の弱い麻子に負担を強いることはしたくないけれど、自らの言動ひとつで揺れる姿を見ることは気分が良いと鉢屋が喉を鳴らせば、それに気づいた麻子の強い視線が刺さる。その双眸がいまにも零れそうなほど、涙を含んでいることに気づいて胸が熱くなる。
「麻子より可愛いものを、私は知らない」
きっと明日も「可愛い」と伝えに麻子を訪れる。そこに含まれた毒に気づく頃には、なにもかも手遅れになっていてほしいと鉢屋は常々思っている。先にこの身を侵す毒を与えたのは麻子なのだから、と。
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流し込まれた毒薬