一時期、名前を呼ぶことができなくなった。ざくり、地面に踏鋤を立てながら思い返すのは、1年くらい前のこと。

綾部のひとつ上には、あの鉢屋三郎の変装術で化けた不破雷蔵よりもそっくりな、『同じ血が通っているんだな』と分かるふたりがいた。

双子だからと言われても不思議なほど、得意な科目も、食べ物の好き嫌いでさえ似通ったふたり。同じであることが当然とばかりに並んでいたのに、休暇を終えるとひとりになっていた。

いつひとが亡くなってもおかしくはない時世、実家の都合でと言われると『生きているのなら』と飲み込むことはできる。けれど、そう告げた当の本人が様子をおかしくしているのなら、気にはなる。



無心で掘り進め、上を見上げると綺麗に空を切り取ったタコ壺に息を吐く。土壁に手をつけると、踏鋤を握り続けたことで熱くなっていた手のひらに、ひんやりとした感触が伝わる。

様子がおかしなあのひとについて、滝夜叉丸は「そうか?ホームシックだろう」と笑っていたけれど、綾部は納得など出来なかった。忍者について学び続けて5年が経ち、未熟な下級生でもあるまいし。なにより、綾部の本能が違うのだと告げていた。

タコ壺から出た綾部は、泥だらけのその足で学園中を歩く。目的の人物は、さほど時間をかけることなく見つけることができた。その後ろ姿に声をかける。

「三郎太先輩」

「間違えました。六郎太先輩」
「私になにか用か?」
「目を瞑ってほしいと言ったら、叶えてくれますか」
「なにかの謎かけでも?」
「いいえ、可愛い後輩のお願いです」

ふ、と息を吐いて瞼を伏せた六郎太を肩に担ぐ。動じることなく、けれども窘めるように綾部の背中を軽く叩く手に、「少し歩きまぁす」と告げて、掘ったばかりのタコ壺へと向かう。肩に当たる腹筋は、綾部が思っていたよりも硬かった。

タコ壺の中にだれもいないことを確認して飛び込んだ綾部は、肩に担いでいた六郎太をそっと下ろす。それから足払いをかけて体勢を崩させると、底へと座らせた。

多少の痛みはあったのか、臀部を摩る六郎太は律儀にもまだ目を瞑っている。『可愛い後輩のお願い』とやらは今後も使えるかもしれない、と思いながら足元にいる六郎太の体を跨ぐように、綾部も腰を落とした。これで簡単には逃げられまい。

「もう目を開けてもいいですよ」
「……なにがしたかったんだ?」
「可愛い後輩のお願いですって」
「今後、お前からの分は聞かないようにする」
「おやまぁ、それは残念」

鼻先が触れるほど顔を近づけて話しても、六郎太に動揺する様子は見られない。いつも感じている違和感すら、まるっと隠れている。なんだか面白くないなあ、と綾部は猫のような双眸をきゅっと細めた。

「知ってました?僕は穴を掘ることが好きです」
「そりゃあ、な。学園にいるみんなが知っているだろう」
「けど、埋めることも好きなんですよ。だれにも気づかれないように埋めて、蓋をして、隠すことだって得意なんです」
「……天才トラパー、だからな」
「必ず、覚えておいてくださいね」

はいはい、と頷く六郎太の鼻先にがぶりと噛みついてから身を起こした綾部は、その通った鼻筋に薄く残る歯形にふんと鼻を鳴らす。

穴が空いていることを自覚しているのなら、そこを埋めてやれば良い。もしも空いていないのなら新しく掘って、そこを埋めてやれば良いのだ。綾部という存在をなくせないほど深く埋めて、蓋をする。

学年がひとつずれているけれど、六郎太の卒業までは1年と少しある。それだけあれば十分だと、仄暗い穴の底で綾部は薄く笑った。穴を埋めることが得意な三郎太はもういないですもんね、せんぱい。





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泥にまみれた他愛事