用意した湯呑みはふたつ。丸いお盆にお団子と、温かいお茶を乗せて歩く。
学園長先生のおつかいに行った帰り道、いっしょに食べようと思って買ったお土産を手に、放課後の時間に勘ちゃんを誘った。今日は委員会の活動もない日で、天気も良かったから。
学級委員長の活動で使う部屋を開けるからと、先に向かった勘ちゃんの笑顔を思い出しながら襖を開く。そこには当然勘ちゃんもいたけれど、珍しいふたりの姿に目を丸くする。
「利吉さんと、辰弥さん?学園にいらしてたんですね、こんにちは」
「こんにちは。今日は少し、用事があってね」
「そうなんですね。……ところで、辰弥さんと勘ちゃんはどうしたんですか?」
「いやぁ……」
はは、と苦笑しながら頬をかく利吉さんと私の視線の先では、件のふたりが会話をしている。いつもの通りきれいな笑みを浮かべている辰弥さんと、いつもとは違って少し棘のある勘ちゃん。
なんだか、少し不思議。勘ちゃんは辰弥さんに対して怒っているわけでも、嫌っているわけでもないのだと思う。それなら、私には分からないようにするはずだから。
きちんと聞いたことはないけれど、辰弥さんのことを『警戒』しているのだと思う。それもきっと、私が原因。だから私にも分かるように、その感情を見せているの。私にも警戒してほしいから、なんて想像でしかないけれど。たぶん、大きく外れてはいないと思う。
「この部屋、さっきまで使っていたんだよ。少しの情報共有と、辰弥さんが次に行う特別授業の準備をしていて」
「辰弥さんの授業、とても人気なんですよ」
「そうらしいね」
机を挟んで、向かい側に勘ちゃんと辰弥さん。利吉さんの隣が空いていたから、なんとなく座ってお盆ごと机に置く。それからそろりと利吉さんを覗き見て、瞬きをひとつ、ふたつ。
私はただの、くのいちのたまご。利吉さんはあの山田先生の息子さんで、プロの忍者。だから、私が気付くことができたのは本当に偶然で、もしかしたらくのたまの間で噂になっていた影響かもしれないけれど、その瞳に浮かぶものがなにか私は知っていた。
ぴんと立てた差し指を口許にあてながら机の上を見て、それから外を見て小さく頷く。お盆に乗せた湯呑みはふたつ、まだ温かく湯気が立っている。手を伸ばして向かい側とこちら側に湯呑みをひとつずつ、机の真ん中にはお団子を乗せたお皿。お盆はそっと、傍に置いた。
「ね、勘ちゃん」
ふたりの言葉が止まったところを見計らって声をかける。辰弥さんに向けていた顔をこちらへ向けて、「ん?」と首を傾げている姿にきゅ、と目を細める。大丈夫ですよ、利吉さん。任せてください。
「あのね、さっき歩いていて思ったの。暖かくて良い天気だから、いっしょに甘味屋さんに行きたいな」
「いいよ。最近、いっしょに外出してなかったもんね」
「ふふ、うん」
「じゃあ、準備しないと」
よいしょ、と立ち上がった勘ちゃんに差し伸べられた手を取って立ち上がる。こちらを見ている2対の瞳に、今更ながら大胆なことをしているかもしれないと、大きく鳴った心臓を落ち着かせるように勘ちゃんの手を握る。握り返してくれた手の温もりは、もう何年も前から馴染んでいた。
「お茶、おふたりでどうぞ」
「いやいや、海?もう帰るから気にしないで」
「そうなんですか?利吉さん」
「……いや、いただこうかな」
「ちょっと?」
「はい、ぜひ!私は勘ちゃんと、お散歩してきますね」
気を付けて、と振られる手に一礼をして部屋を出る。無言のまま長屋までの道を歩きながら、軽く揺らされた繋いだままの手に、なぁにと隣を歩く勘ちゃんを見上げる。呆れたような、それでいて柔らかな視線と重なった。
「怒られるんじゃない?」
「……い、いいの」
「いいの?」
「うん。……勘ちゃんとお散歩したかったから、口実にしました、ごめんなさいって言う」
部屋を出る前に見た辰弥さんは、怒ってはいなかったはず。ううん、怒ってはいなかった。空いた手をぎゅっと固めて頷く私を見て、からからと笑う勘ちゃんの瞳には、さっき見た利吉さんの眼差しと同じような温もりがあった。
くのたま教室でこっそりと噂されている、あのふたりの関係。どちらかの片想いだったり、両想いだったり、そもそもそういう関係ではなかったりといろいろあるけれど、私は両想い派だった。
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絡まりながら膨らむつぼみ