いつか見たときよりも、ひとり分の名前が消えた札を見る。

忍術学園の長屋には、与えられた部屋がだれのものか分かるように名札が掛けられている。生徒の数もあるものだから基本的には2、3人で相部屋になることが多く、かく言う喜八郎も同組の滝夜叉丸と相部屋だった。そのため、喜八郎の部屋には自身のものと滝夜叉丸のもの、2枚の名札が掛けられている。

下級生の頃、主に入学したばかりの頃は名札が新鮮に感じていたけれど、4年も経てば日常に溶け込むもので。視界には入っていても、特段珍しさを感じることはない。それなのに、不思議と気になる1枚がある。

「せんぱぁい、入りますよ」

なにもかもがそっくりで、けれど別の人間だと示すように異なる名前。喜八郎よりもひとつ上の三郎太と、六郎太。ふたりは兄弟で相部屋だったから、一文字しか変わりない名札が並んでいたことを覚えている。

兄弟で同じ部屋なんて家にいる頃と変わりがないのでは。そう問うた喜八郎に、それがいいんだと薄く笑っていた顔を思い出す。同時に、頭を撫でる手のひらが存外温かかったことも。

休暇を終えて、喜八郎が気づいた頃には1枚になっていた名札が掛かる部屋に踏み入る。返事は聞いていないけれど、気にするようなことではない。なにせ、元々約束を破っているのは六郎太なのだから。

「……おやまぁ」

喜八郎としては困っていることではななかったけれど、勉強を見てほしいと半ば強引に取りつけた約束。最近は互いに実習が多く、あまり同じ時間を過ごすことがなかったと、思いついての行動だけれど。

面倒臭そうにしながらも頷いていたわりに、一向に姿を見せない六郎太の部屋を覗いた喜八郎の目に、呑気な寝顔が飛び込んでくる。なにかと見慣れた寝顔ではあるけれど、約束を寝過ごすほど疲れていたのだろうか。

「起きてください、先輩。六郎太先輩の可愛い後輩がきてますよ」

寝転がる六郎太の傍らに腰を下ろす。髪を結んだまま仰向けに眠るなんて、痛くなりそうなものだけれど。喜八郎は自らのことを棚に上げて『無頓着なひと』と思いながら、まじまじと顔を見つめた。残念ながら眠っているせいで、どれほど疲れているかは分からなかった。

辛うじて分かる、伏せられた目許に残る隈を数秒見つけてから、薄く上下する胸元に手を伸ばす。指先に布地が触れて、ぴくりと指先が跳ねた。手のひらひとつ分、肘を伸ばせば触れられるのにどうにも躊躇する。この布の下には、心臓がある。――あなたの、心臓が。

「言っておくが、」

けれども、喜八郎が触れる前に手首が掴まれてしまった。眠っていたからか、少し体温が高いように感じる。胸元に伸びた手を退けながら体を起こした六郎太は、ついと視線を上げる。ぱちりと視線がかち合った。

「可愛いと自称できるほど可愛くはないぞ」
「そうですか?」
「寝ていたのは私なのに、寝言は寝て言えと言いたくなったな」
「おやまぁ、ぼくとの約束を破った上にひどい言い草ですね」
「……あれは約束とは言わないだろう」

胡乱げな眼差しを向けられて、喜八郎は小さく笑みを零す。勉強なんて喜八郎が使った口実でしかないと、六郎太も気づいている。この後輩は日頃の態度はともかく要領が良いのだ、と溜息を吐きながら、六郎太は掴んだままの手首を離した。

手首に残る熱を、もう片方の指で撫でながら内心で『あーあ、』と肩を落とす。表情があまり出ないほうで良かった。そう思いながら、喜八郎は他愛ない会話を続けるように口を動かした。――心臓に、触れられたら良かったのに。



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つめたいまひる